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第69章 誰も、「私が」と言わない

2026年08月05日

69章 誰も、「私が」と言わない

 北野さんに会う前に、僕はこの一年半に何

が起きたのかを知りたかった。

 システムの中身は佐藤くんが追っていた。

もう一つ、僕がやったのは、人に聞いて回る

ことだ。この事故はどうして起きたのか。誰

が、何を決めたのか。——コードの履歴じゃ

分からない、生きた人間の話を。

 これが堪えた。

 最初は軽い気持ちだった。関係者に順番に

話を聞く。よくある聞き取りだ。ノートを開

いて、お茶をもらって、頭を下げて、始める。

でも、三人目くらいで僕はあることに気づい

た。

 ——誰も、「私が」と言わない。

「そういう流れになってしまって」

「気づいたらそういう話になっていて」

「決まってしまったことなので私としては」

 主語がどこにもなかった。何かが勝手に

「なった」。誰もしていない。台風か地震み

たいに、事故は向こうからやってきた。そう

いう話し方を、みんな判で押したようにした。

示し合わせたわけでもないのに。

 上の人に聞けば、下の話になった。「現場

がそう言うもんですから」。下の人に聞けば、

上の話になった。「部長がああおっしゃるな

ら従うしか」。横に振られることもあった。

「それはうちの管轄では」「担当が違いまし

て」。——ボールはいつも、たったいま別の

ところへ転がっていったばかりで、僕の前に

は誰もいなかった。手を伸ばすと、そこには

もう床のへこみしか残っていない。

 いちばんこたえたのは、北野さんの話になっ

たときだった。

 みんな、北野さんのことは悪く言わなかっ

た。むしろ、優しかった。

「彼も頑張ってはいたんですよ。ただ……」

 その「ただ」の後に、みんな少し黙る。そ

の沈黙が本体だった。

「一人で抱えちゃう人でしてね。周りが言っ

ても」

「悪気はなかったと思うんです。進め方がね」

「彼のやり方についていける人がいなかった」

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