第72章 問題児
翌朝、僕は海老沢さんに時間をもらった。
Sで見てきたことを順番に話した。内製が
なぜ崩れたか。辞めた二人の動かないコード。
それを直そうとして、粘って、教えようとし
て、それでも駄目で、独りで書き直した、北
野という男のこと。深夜の二時、三時のコミッ
ト。そして、いまその男を会社が戦犯にして、
外に出そうとしていること。
海老沢さんは湯呑みを片手に黙って聞いて
いた。相槌もあまり打たなかった。ただ聞い
ていた。
僕は途中で一つ確かめたくなった。海老沢
さんは去年、あの失注のとき、内製なんてう
まくいかない、とたぶん分かっていた。実際、
その通りになった。——だから、少しは「だ
ろ」という顔をするかと思った。田辺さんが
していたあの顔を。僕が電話口で湧かせたあ
の熱を。
海老沢さんはしなかった。
「そうか」とだけ言った。それから、少し間
を置いて、「……大変だったな、その北野っ
て人は」と静かに言った。
自分の読みが当たったことを、この人は一
度も口にしなかった。田辺さんはそれを小さ
く抱えていた。僕は電話口でそれを湧かせた。
海老沢さんだけがそれをどこにも出さなかっ
た。分かっていたのに、飲み込んでいた。当
たっていた、と言えば少しは気持ちがいいは
ずなのに。それを言わないでいられるのが、
この人のいちばん分かりにくい強さだった。
「で」と海老沢さんは湯呑みを置いた。「お
前はどうしたいんだ」
「あの会社を助けたいです」と僕は言った。
「北野さんがちゃんとやれるように」
海老沢さんの目が少しだけ変わった。のん
びりした顔の奥のほうが。
「桜井。——Sだぞ」
「はい」