第73章 これでいい
社長に会うのはその次の週だった。
海老沢さんも来た。「お前の客だ」と言っ
た人が、なんで、と思ったけど口にはしなかっ
た。あとで分かった。この規模のやり直しの
話を決めるのは、社長どうし、代表どうしの
席だ。それに——たぶん海老沢さんは、金の
話を自分でやるつもりだった。僕にやらせな
い部分がこの人にはいくつかある。金の話は
そのいちばん大きな一つだった。
社長は六十くらいの恰幅のいい人だった。
田辺さんが隣にいた。全決裁権を預かった人
が社長の隣で、僕たちの味方の顔をしていた。
妙な席だった。去年、僕らを切る側にいた会
社の、そのいちばん上の人の隣に、僕らの味
方が座っている。
僕は調べたことと、やりたいことを話した。
内製がなぜ崩れたか。北野さんが独りで何を
支えてきたか。そして、うちがやりたいのは
巻き取りじゃなくて、内製支援だということ。
社長は途中から渋い顔になっていた。
「桜井さん、な」社長は僕の話を途中で止め
た。「悪いけど、俺もう内製ってのに懲りて
んだよ。エンジニア雇って、AI入れて、自
分らでやれる——そう言われて、やって、こ
のざまだ。半年、客に頭下げて回った」
「はい」
「だから、正直もう外注でええんよ。おたく
にまるっと面倒みてもらう。それがいちばん
安心なんだわ。——なんでまた自分らでやれ
なんて言うの。また同じ失敗するかもしれん
のに」
火傷した人の顔だった。悪い人じゃない。
ただ、一回ひどい目に遭って、いちばん安全
な、既知の場所に逃げ込みたがっている。ま
るごとうちに預けてしまう。そのほうが楽だ。
もう自分では火に触りたくない。その気持ち
は痛いくらい分かった。
でも、その"楽な外注"がいちばん危ない
やつだった。
「社長。まるごとうちが抱えるのがいちばん
危ないんです」と僕は言った。
社長が片眉を上げた。
「それ、また依存です。今度はうちにぶら下
がる。うちが何かの都合で抜けたら、御社は
また同じところで沈む。——去年、うちを切っ
たとき、御社は自分たちだけじゃ続けられな
かった。今度はうちがいないと続けられなく
なる。方向が逆になっただけで、脆さは同じ
です」
社長は黙った。
「うちがやりたいのは、御社が自分たちだけ
で回せるようにすることです。北野さんを中
心に。——そして、できるようになったら、
うちは抜けます。居座らない。それがいちば
ん御社のためになると思ってます」