第75章 消えないバッチ
火消しはあのテストのないバッチから始め
た。
毎月、末になると動く。Sのいちばんお金
に近いところだ。取引先ごとの締めの数字を
集めて、請求のもとを作る。それが狂うと金
額が狂う。この春、狂ったのがそれだった。
北野さんが全部の責任を被ったあの事故。名
前も顔も知らなかった頃にgitの中でいち
ばん最初に佐藤くんが指をさしたところ。
「お金が動くところにテストがないです」。
あのバッチだった。
「次の締めまであと九日です」と佐藤くんが
言った。カレンダーを見ながら。「それまで
にこの金の動くところだけ事故らない形にし
ときたいです。……全部は無理でも」
「全部は無理でも」を、佐藤くんははっきり
言った。この人はいつもそこを間違えない。
燃えている家の全部を消そうとしない。まず、
火が隣に燃え移らないようにする。それだけ
をやる。一年前、自分がクラウドを暴走させ
て、青くなったときに、たぶん体で覚えたこ
とだった。
白石さんがコードを開いて、うーん、と唸っ
た。
「これねえ。……気持ちは分かるんだけど」
北野さんが少し身構えた。自分の書いたコー
ドを開かれると、いまだに盾を拾いに行くの
が分かった。ここに来て何日か経っても、そ
こだけはまだ抜けなかった。
「北野くん、これ、一個の関数で締めの計算
ぜんぶやってるでしょ」白石さんは責める色
のない声で言った。「割引の判定も、税の丸
めも、締め日の例外も、ぜんぶこの中。……
よく頭に入ってるねえ、これで」
「……それは」北野さんが口を開いた。早口
だった。「分けると、呼び出しが増えて追い
にくくなるので。一箇所にまとめたほうが、
その、全体は見やすいと」
「うん。分かるよ」白石さんは頷いた。「見
やすい。北野くんには。——でも、テストは
書きにくいでしょ。この形」
北野さんが止まった。