第76章 採用は、人事の仕事
血は止まった。でも、それだけだった。
締めが一回無事に回っても、来月も、その
次もある。北野さんが一人でぜんぶ頭に入れ
て支えているという形は何も変わっていない。
うちがいつまでも隣に座っているわけにもい
かない。うちはスポットだ。いつか抜ける。
抜けたあと、Sが自分の足で立てないと意味
がない。血を止めただけで帰ったら、それは
ただの一回きりの延命だ。
「人が要ります」と僕は田辺さんに言った。
「北野さんの下にちゃんと書ける人が何人か。
北野さんが倒れたら、また同じことになる。
——北野さんを一人にしない。それがたぶん
今回のいちばん大事なところです」
田辺さんは頷いた。それはすぐに分かって
くれた。一人に背負わせて潰したその現場を、
いちばん近くで見ていた人だ。
問題はその先だった。
「採用は……うちだと人事の管轄なんです」
田辺さんの声が少し重くなった。「私の決裁
でも、そこだけはいっぺん通さないと」
数日後、人事の宮田さんという人と会った。
五十くらいのきちんとした人だった。悪い人
じゃなかった。むしろ真面目な人だった。た
だ、机の上に並べられた履歴書を見て、僕は
少し言葉に詰まった。
「技術者ということでしたので。……こちら
社内のIT関連の部署から希望者を募りまし
て」宮田さんは丁寧に言った。「みなさんパ
ソコンは得意な方たちです。資格もお持ちで」
一枚めくった。ITパスポート。もう一枚。
MOS、Excelエキスパート。もう一枚
には基本情報技術者、とあった。——基本情
報、だったか。あれはほかの二つよりはずっ
とちゃんとしたエンジニアの入り口の資格だ。
アルゴリズムも、プログラムの理屈も勉強す
る。ただ、机の上で解けるのと、あの燃えた
締めの現場で独りで手を動かせるのとは、別
の話だった。もう一枚。社内の業務システム
の担当を、五年。——どれも嘘じゃなかった。
パソコンが得意で、真面目で、資格もある。
でも、どれも「書ける人」の履歴書じゃなかっ
た。マクロのあの二人組と地続きの、山の上
のほうにいる人たちだった。
北野さんがその履歴書の束を見て、静かに
なった。