第81章 君は、どう思う
三上くんが来た。
あの家計簿の子だ。人事とのひと悶着を越
えて、正社員としてSに入った。緊張してい
た。初日から耳まで赤かった。名刺の渡し方
も、まだぎこちなかった。
北野さんが教える。三上くんの隣に座って。
うちが北野さんにしたことを、今度は北野さ
んが三上くんにする。そういう段取りだった。
僕は北野さんの、そのまた隣にいた。教える
人を教える。というより、隣で見て、たまに
口を挟む。それが僕の役目だった。
うまくはいかなかった。最初のうちは。
三上くんは、器はたしかにあった。でも、
まだ二年だ。書く速さも読む速さも、北野さ
んの何分の一かだ。一つのことを教えて、そ
れを飲み込むのに時間がかかる。北野さんが
口で二分で説明できることを、三上くんが手
でできるようになるまで半日かかる。ときに
は、一日。
三日目だった。
三上くんがある処理を任されて、詰まって
いた。もう二時間、同じところで止まってい
る。画面とにらめっこして、たまに少し書い
て、消して。北野さんがそれを横目で見てい
た。だんだんそわそわしてきた。指が机を叩
いていた。
そして手を伸ばした。
「ちょっと貸して。これ、こうやって——」
「北野さん」
僕は止めた。
北野さんの手がキーボードの手前で止まっ
た。自分でも、はっとした顔をしていた。
「……すみません。つい」
「分かります」と僕は言った。「自分でやっ
たほうが速い。見ててじれったい。手を出せ
ば二分で終わる。——分かります。ほんとに
分かります。僕もいつも思うんで」
北野さんは伸ばしかけた手を、そっと引っ
込めた。
「でも、いま北野さんが書いちゃうと」僕は
続けた。「三上くんは二時間詰まって、最後
に答えだけもらったことになる。二時間詰まっ
たところは残るのに。答えは北野さんのが残
る。——三上くん、次も同じところで詰まり
ます。たぶん」
北野さんは黙っていた。