第83章 もう、大丈夫です
季節がいくつか過ぎた。
出向は一年という話だったが、実際もだい
たいその通りになった。書くのは簡単だけど、
あいだにはいろんなことがあって、書ききれ
ない。
三上くんが入ってしばらく経った頃、試用
期間の社内面談であの経歴の薄さがまた蒸し
返されたらしい。面接の席ではなく、もっと
奥の僕らの入れない社内の会議で。それを収
めたのはいちばん最初に渋ったあの宮田さん
だった。「経歴は薄いですが、この人は自分
の失敗を、自分の言葉で話します。そこは私
が見ています」——そう言ったとあとで田辺
さんから聞いた。渋った本人が社内ではいち
ばんの盾になっていた。
それはうちにはできないことだった。器を
見つけたのは黒田さんで、育てたのは北野さ
んだ。でも、その薄い一枚を大きな組織の中
で潰さずに続けさせる。それは僕らの仕事じゃ
なかった。宮田さんの仕事だった。紙の薄い
一人を社内の言葉に翻訳して、通して、守る。
——資格の欄しか見えなかったはずの人が、
社内ではいちばん三上くんの側に立っていた。
面接で北野さんが選んだ長谷川さん。その
長谷川さんが来て、うちが帰るまでの数か月、
僕は隣であの人の仕事ぶりを見ていた。コー
ドは面接のとき本人が言った通り、粗かった。
バグも多い。ただ、やたらと速い。がしがし
書いて、片っ端から間違えて、また直す。三
上くんの書くもののほうがずっと綺麗で正確
だった。
それに、長谷川さんは要領がよかった。段
取りがうまい。誰に何を頼めば早いか。どこ
を削れば間に合うか。それを体で掴んでいた。
営業で鍛えたものなんだと思う。人を動かし
て、物事を前に転がすのがうまかった。——
コードは粗い。でも、仕事は回る。妙な人だっ
た。
そして、いちばん面白かったのが長谷川さ
んと三上くんの組み合わせだった。
長谷川さんは細かくて綺麗なコードを自分
では書かない。書けないし、書こうともしな
い。代わりにざっくり動く形まで自分でがし
がし作って、それから「三上ー、ここ頼むわー」
と放る。仕上げの丁寧なところをまるごと三
上くんに渡してしまう。
三上くんはそれを黙って受けて、きちっと
綺麗に整える。文句も言わない。——という
より、三上くんはその形が妙にしっくり来て
いるようだった。長谷川さんに「三上、頼む
でー」と放られると、なんだか嬉しそうにす
らしていた。
三上くんは、自分から動くのは相変わらず
苦手だった。でも、「これをこう綺麗にして
くれ」と形を決めて渡されたものをきちっと
仕上げるのはうまい。そこは長谷川さんより
ずっと上だ。長谷川さんが面倒な決めごとを
ぜんぶ引き受けて、「頼むでー」と投げてく
れる。三上くんは安心して、自分の得意な綺
麗にするところに潜り込める。
凸凹がかちっと噛み合っていた。長谷川さ
んの粗さを三上くんが埋めて、三上くんの決
められなさを長谷川さんが引っぱる。片方だ
けだと、どっちも少し頼りない。二人揃うと、
ちゃんと一人前のエンジニアみたいに見えた。
手下みたいに収まっている三上くんが僕には
なんだかいい顔に見えた。無理に先頭に立た
されて、独りで抱えるより。この人はたぶん
こっちのほうがずっと活きる。——北野さん
が独りで先頭に立たされて、沈んだのとは逆
だった。誰と組むかで、人はこんなに変わる。