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第94章 壮大すぎるな

茨城から来た会長は、AIと夜中に何十時間も喋って作ったという40ページの資料を置いた。筑波山の西側に赤い点が30いくつ、全部で300ヘクタール。ただ、困っているのはそこじゃないと言う。黒い手帳には、一筆の土地を買うための打ち合わせが5か月で11回。会長は自分で計算して、笑った。「……壮大すぎるな」

2026年10月06日

第94章 壮大すぎるな

 一月の半ばに、海老沢さんが茨城から一人

連れてくると言った。

「デンバーの会長だ」

「デンバー、ですか」

「株式会社デンバー。つくばの先で田んぼと

畑をやってる」

 田んぼと畑をやっている会社の名前がデン

バーなのは、僕にはうまく飲み込めなかった。

海老沢さんは「名前のことは本人に聞け。笑

うぞ」とだけ言って、紙コップにコーヒーを

注ぎながら続けた。

「実家のまわりの雑木林を買い増してたらな、

隣の土地を買い増してるのがいた。それがあ

の人だ」

「ぶつかったんですか」

「ぶつかったってほどでもない。一筆だけ、

欲しいのが重なった。向こうのほうがやる気

があったから、こっちは降りた。大した話じゃ

ない」海老沢さんはあっさり言った。「隣が

まともな会社なら、こっちは楽だしな。いつ

かうちが手放したくなったときも、買い手が

隣にいる。……で、そのあと、うちの雑木林

の整地を頼んだ」

 隣の土地を買っている人に、自分の雑木林

を片付けてもらう。そういう順番になるのか、

と僕は思った。

「お隣さんに頼んだんですか」

「重機を持ってるんだよ、あの人。潰れたソー

ラーの施工会社を、重機と人ごと買ったらし

い。見積もりを取ったら、いちばん安くて、

いちばん早かった」海老沢さんはコーヒーを

ひとくち飲んだ。「整地の立ち会いのときに、

いろいろ愚痴を聞かされてな。面白い愚痴だっ

た。一回東京来ますかって言ったら、来るっ

て」

 海老沢さんが実家のまわりの雑木林を買い

はじめているのは、社内ではなんとなく知ら

れていた。見通しが悪くて危ないから片付け

たい、というのが本人の説明で、その先に何

かやりたいことがあるらしい、というところ

までは誰も聞き出せていない。

「で、その会長の話を、僕が聞くんですか」

「お前が聞け」海老沢さんは言った。「俺は

ざっくりしか聞いてない。聞いた感じだと、

うちで手伝えることがある。あとは任す」

---

 大場さんは約束の十分前に来た。

 六十七歳だと聞いていたけれど、そう見え

なかった。背が高くて、よく日に焼けていて、

紺のジャケットの下に作業用のブーツを履い

ている。名刺には「株式会社デンバー 代表

取締役会長 大場」とあって、裏返すと同じ

ことが英語で書いてあった。

「電場、です」僕の視線に気づいて、大場さ

んは言った。「発電で食っていくつもりで作っ

た会社なんですよ。電気の、場。でんば。で、

デンバー」

 大場さんは言ってから、少し照れたように

笑った。海老沢さんの言ったとおりだった。

「発電はやめちゃったんですけどね。名前だ

け残った」

 大場さんがその前にやっていたのは、首都

圏で三十年続けた事業会社だった。六十歳の

ときに売ったという。

「売って、ひと息ついて、それからこっちを

始めたんです。ほんとうは発電をやるつもり

だった。発電所を持つ側に回ろうと思ってね。

三年かけて準備した」大場さんは笑った。

「そしたら雲行きが怪しくなった。国の支援

がどんどん細って、とうとう野立ては新しく

建てても支援の対象外になるっていうんでしょ

う。準備したものが全部、いきなり値打ちが

なくなった」

 二〇一二年に四十円で始まった固定価格買

取は、十年とちょっとで入札の一桁台まで下

がっていた。そして去年の春から、地面にパ

ネルを並べる事業用の太陽光は、新しく建て

ても国の支援を受けられなくなった。作って

も、売った電気の値段を国が保証してくれな

い。

「それで、発電所を持つかわりに、発電所の

後始末のほうを拾うことにしたんです」

 大場さんは指で机を叩いた。

「あのへんの雑木林や畑はね、十五年前まで

値段がなかったんですよ。売る人も買う人も

いない。親の代から持ってるだけで、税金を

払って、草を刈って。そこにソーラーの業者

が来て、一律で値札をつけて回った。値段の

なかった土地に、いきなり値段がついた」

「いくらくらいなんですか」

「安いもんですよ。つくばの駅前の土地一坪

で、こっちは二百坪買える。二十キロ先で」

大場さんは笑った。「で、業者は潰れた。値

札だけが残った。持ってる人はもう年寄りか、

その子どもで、東京に出てて、草刈りに帰っ

てくるのがしんどい。値札どおりでいいから

手放したい人が、いくらでもいるんです」

 大場さんは鞄からクリアファイルの束を出

した。

 A4で四十ページあった。

「これ、私が作ったんじゃないんですよ。A

Iとね、夜中に何十時間も喋って。喋ったら

こうなった」

 僕は読んだ。

 一枚目は地図だった。筑波山の西側の、筑

西の旧明野のあたりを真ん中にして、赤い点

が三十いくつ打ってある。どれも太陽光の用

地か、発電所の跡地か、そのどちらかだ。ソー

ラーの業者が倒れたあと、手のつけられない

まま残っている土地。

 二枚目からは、その点をどう拾うかの話だっ

た。

 建たずに終わった用地を買う。買取の権利

を押さえたまま、パネルの値下がりを待って、

結局建てないうちに権利が切れた土地がこの

あたりにはたくさんある。造成だけ済ませて、

防草シートを敷いて、そのまま放ってある。

そういう土地を買い集めて、農地に戻す。

 まだ動いている発電所も、安く出れば買う。

二〇一二年度に認定された発電所は、二〇三

二年から順に二十年の買取期間が切れる。あ

と四年。残りの四年ぶんの売電は、農業の立

ち上げの赤字を埋めるのに使う。期間が切れ

たらパネルを外して、その下も畑にする。

 十一枚目で、全体の面積が出てくる。三百

ヘクタール。十五枚目にドローンと自動操舵

のトラクタ。二十枚目に直販と、地元の道の

駅と、都内のレストランとの契約。

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