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第95章 数えられないものは

土浦の司法書士の先生は、メールも読むし、招待のリンクも開いていた。ただ、ルームには入らない。一行ずつ同じ形で揃った請求書の控えを出して、先生は言った。「チャットに書き込むのは、何分と数えればいいんですか」僕は答えられなかった。「数えられないものは、請求できない」

2026年10月06日

第95章 数えられないものは

 二月の最初の火曜日に、僕は会社の車で土

浦へ行った。

 会社の車は、海老沢さんが近くの駐車場に

何台か置いている。ほとんどがマニュアルで、

クラッチを踏まずに済むのはメガーヌ一台だ

けだ。だから僕が借りるのは、いつもメガー

ヌになる。見た目はふつうのハッチバックな

のに、妙に速い。常磐道の合流で少し踏んだ

だけで、背中がシートに押しつけられる。恐

い。一度そう言ったら、海老沢さんには「お

前が踏みすぎなんだ」と言われた。それから、

あれはルノー・スポールが手を入れてるんだ、

と付け足された。何がどう違うのか、僕には

分からなかった。

 常磐道を土浦北で降りて、国道を二十分ほ

ど走る。大場さんの案件を持ってから、これ

で三回目の茨城だった。電車で来られないこ

とはないけれど、駅から先が続かない。先生

の事務所と、法務局の出張所と、大場さんの

二千四百坪は、どれも駅から遠くて、どれも

互いに遠い。車がないと、一日に一軒しか回

れない。

 石塚先生の事務所は国道から一本入ったと

ころの、古い三階建ての二階にあった。裏の

砂利の駐車場に車を停めた。一階は歯医者で、

階段に消毒液の匂いが上がってくる。ドアの

ガラスに金の文字で「司法書士 石塚事務所」

とあって、その下に小さく「土地家屋調査士

業務は行っておりません」と書き足してあっ

た。

 事務員さんが二人いた。机の上にはきちん

と角をそろえた書類の山が四つあって、どれ

にも付箋が同じ位置に貼ってあった。

 石塚先生は七十歳の手前くらいで、灰色の

カーディガンを着ていた。奥の机から立って

きて、名刺を受け取ると、両手で持ったまま

しばらく眺めていた。

「東京ネット工務店」

「はい。家は建てません」

「そうでしょうね」先生は少し笑った。「ど

うぞ。お茶を」

 コトヅケは届いていた。先生はメールで受

け取って、ちゃんと読んでいた。ルームへの

招待リンクも開いてはいた。ただ、入っては

いなかった。

「よくできてますね、あれは」と先生は言っ

た。「境界の杭の件、確かにこちらの書類に

反映が要ります。大場さんからは三週間遅れ

で聞きましたけど、あれがその日に来ていた

ら、やり直しは要らなかった」

「そうなんです」僕は身を乗り出した。「で

すから先生にも、あのルームに入っていただ

ければ」

「入って、何をすればいいんですか」

「コトヅケが来たら読んで、必要なら返事を

書いていただく。それだけです。打ち合わせ

は、決めるときだけ」

 先生は湯呑みを置いた。

「桜井さん。私はね、時間で仕事をしてるん

です」

 事務員さんの一人が、キーボードを打つ手

を少しだけ止めた。

「登記そのものは件でいただきます。一件い

くら。これは分かりやすい。そのほかの相談

は、十五分ごとに二千七百五十円。電話でも、

ここでお会いしても同じです。大場さんは細

かいとおっしゃるけど、私はこれがいちばん

公平だと思ってやってきた。何に、どれだけ

時間を使ったか、全部お客さんに見えるので」

 先生は机の引き出しから、一枚の紙を出し

た。大場さん宛ての、十二月の請求書の控え

だった。一行ごとに日付と、何をしたかと、

時間が書いてあった。

 ——十二月四日 電話(大場様より、抵当

権者との調整状況について) 十五分

 ——十二月十一日 来所打合せ(境界確定

後の登記書類修正について) 一時間

「チャットに書き込むのは、何分と数えれば

いいんですか」

 僕は答えられなかった。

「コトヅケを読むのに三分かかることもある。

前の話を読み返して、三十分かかることもあ

る。夜中に一行だけ返事を書くこともあるで

しょう。それを、私は何分と書けばいいのか」

先生は請求書の控えを指で揃えた。「数えら

れないものは、請求できない。請求できない

ものは、私は責任を持って引き受けられない。

……そういう仕事の仕方なんです。古いと言

われれば、古い」

 古いとは思わなかった。筋が通っていた。

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