第96章 それ、去年の話ですよ
三月に入ると、大場さんの書き込みは毎日
になった。
たいてい夜の十一時台で、声で吹き込んだ
ものが一つか二つ来る。句読点はばらばらで、
用件は多いときで四つあった。BANTO3
はそれを毎回番号をふって分けて、要るもの
は先生たちへコトヅケにして、要らないもの
は『会長のご判断です』と一行で返した。
一筆目は動いていた。裁判所の許可は二月
の終わりに下りた。調査士の先生が地積の更
正を法務局に出して、飯村先生がそのあとに
所有権の移転を出す段取りになっている。ルー
ムを作ってから、先生たちが実際に顔を合わ
せたのは一回だけだった。決済の日取りを決
めるための、三十分。
大場さんはもう次を見ていた。
『八郷の発電所、入札に出る。一・二メガ。
二〇一二年度の認定で、あと四年ある。管財
人の締め切りは来週の金曜。買ったあとの撤
去費用まで入れて、いくらまで出せるか出し
てくれ』
八郷は筑波山の北側で、大場さんのヤード
から車で三十分ほどのところだ。売電を始め
てから十五年、パネルを並べた会社のほうが
先に倒れて、発電所だけが管財人の手で売り
に出ていた。
BANTO3の答えは、いつもどおり出典
つきだった。残り四年の売電収入の見込み。
保守の費用。四年後に買取期間が切れたとき
の、撤去と処分の費用。
——パネル処分(埋立):約二千円/kW
×一千二百kW=約二百四十万円(出典:業
界要約インデックス 二〇二七年六月作成)
一月に置いていった四十ページの、二十六
ページ目で空いていた欄だった。あのときは
誰も数えていなかった。今度は埋まっていて、
指させる出典まで付いていた。
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その週の木曜に、僕はメガーヌで大場さん
のヤードへ行った。
常磐道を谷田部で降りて、筑波山を正面に
見ながら北へ走る。二月より日が長くなって
いて、畑の土の色が少し明るかった。海老沢
さんの実家もこのへんのはずだったけれど、
どの家かは知らない。
谷田部を過ぎて田んぼが広がると、パネル
が目につくようになった。
畑の一枚ぶんくらいの小さいのが、道沿い
にぽつぽつと並んでいる。低圧の野立てとい
うやつだ。ちゃんと手の入っているところは、
パネルの下の草が刈ってあって、フェンスの
標識も新しい。そうでないところは、草がパ
ネルの縁まで伸びていて、何枚かは上から蔓
にかぶられていた。フェンスが一か所、草の
重みで外側に傾いていた。その横に、色の抜
けた看板が立っていた。太陽光用地、高価買
取。電話番号の最後の二桁は読めなかった。
一月に大場さんが置いていった地図の、赤
い点のどれかだったのかもしれない。
ヤードは倒れた施工会社のものをそのまま
使っていた。門の看板は社名のところだけ白
く塗りつぶしてあって、その下に手書きで
「株式会社デンバー」と足してある。砂利の
敷地に、バックホーが二台と、杭打ち機が一
台。奥のほうに、使われなかった架台が鉄骨
のまま積み上がっていた。錆びてはいない。
建てる前に会社が潰れたのだろう。
事務所はプレハブの二階だった。
大場さんは大きな複合機の前に立って、B
ANTO3の試算を刷っていた。入札の書類
に添えるのだという。
「桜井さん、これね、ほぼ決まりですよ」大
場さんは刷り上がった紙を僕に渡した。「撤
去まで入れても、この値で出せば四年で回る」