「AIでジュニアの仕事が無くなる」という話は、若手の話として語られています。本紙もVol.14で、22〜25歳のソフトウェア開発者の雇用が約20%減った数字を書きました。スペインIESEビジネススクールの研究チームが9月16日に改訂した論文は、ジュニアを年齢で切らず、会社の中の職位で切っています。新規採用の給料が一番下がっていたのは、40歳を超えたジュニア職でした。
① 事実
米国の1億4,800万人の職歴と求人の記録で、生成AIに近い仕事の給料と離職を、ChatGPT公開の前後で比べた論文です。雇用は減っていません。給料は職位によって下げ幅が違い、年齢で分けるともう一段はっきりします。辞める人も減っていて、論文はその理由を一つ挙げています。データの取り方から順に並べます。
IESEの3人は、米国の1億4,800万人の職歴と求人の記録を使いました
論文は「The Wage Effects of Generative AI」(生成AIの賃金への影響)。著者はJosé Azar(IESEビジネススクール・ナバラ大学)、Mireia Giné(同)、Javier Sanz-Espín(トゥールーズ経営大学院)の3人です。2025年12月に最初の版が出て、2026年9月16日に改訂されました。査読前の論文です。
データは二つです。一つは米労働統計局のOEWS(職業別雇用・賃金統計=職業と産業の組み合わせごとに雇用者数と時給の中央値を出す政府統計)で、2018〜2025年の431職業・37産業。もう一つは人材データ会社Revelio Labsの記録で、米国の4億9,000万件の職歴、1億4,800万人、1,000万社を元に、2018年から2026年6月までを追っています。どちらも、対象を情報通信・金融・不動産・専門サービス・企業管理・事務支援の6業種(米国の産業分類でNAICS 51〜56)に絞っています。机の上で情報を扱う仕事が集まっている業種です。
職業ごとに「生成AIへの曝露度」(その職業の作業のうち、大規模言語モデルがこなせるか速くできるものの割合。0から1の値)を、OpenAIの研究者らが2024年に出した指標で付けます。ChatGPTが公開された2022年11月30日を境に、曝露度の高い職業と低い職業で、給料と離職がどう動いたかを比べます。論文が使う物差しは「曝露度の下から10%の位置と90%の位置の職業を比べたときの差」です。以下、この差を「AIに近い仕事とそうでない仕事の差」と書きます。
AIに近い仕事ほど、給料は下がり、雇用は減っていません
OEWSでは、2025年の時給の中央値がAIに近い仕事で4.9%低くなっていました。雇用者数には、統計的に検出できる変化がありませんでした。
Revelioでは、求人票に書かれた給料が8.7%、新しく作られた職の開始時の給料(以下、開始賃金)が10.8%、2026年時点で低くなっていました。論文はこの数字について、求人票と新規の職は労働市場の変化に速く反応するので、OEWSより大きく出るのは筋が通ると書いています。
これは全部、AIに近い仕事とそうでない仕事の「差」です。論文は実質賃金(物価の上昇分を除いた給料)の絶対水準も図にしていて、2022年11月以降、曝露度が最も高い上位2割の職業以外は大きく下がっておらず、その上位2割も2026年初めには2022年11月の水準に戻っています。AIに近い仕事の給料の伸びが、そうでない仕事より小さかった、という数字です。
開始賃金の下げ幅は、ジュニア職7.5%、中堅職3.2%、シニア職は有意ではありません
Revelioの記録には、一人ひとりの職位が7段階で付いています。論文は上から1段(最高経営層)を外し、残り6段を三つにまとめました。<strong>ジュニア職(1〜2段)、中堅職(3〜4段)、シニア職(5〜6段)</strong>です。開始賃金の平均は、対数で10.007、10.544、11.035と、上の職位ほど高くなっています。
2026年時点で、AIに近い仕事とそうでない仕事の開始賃金の差は、ジュニア職で7.5%、中堅職で3.2%でした。シニア職は1.8%で、統計的に有意ではありません(偶然の範囲と区別できない、という意味です)。ジュニア職の開始賃金は、ChatGPT公開後のどの年も下がり続けていて、2026年が一番大きくなっています。シニア職は2023年だけ有意に下がり、その後は差が小さくなって有意でなくなりました。
ジュニア職の中で一番下がったのは、40歳を超えた人たちです
論文が職位と年齢を分けたのは、ここからです。ジュニア職・中堅職・シニア職のそれぞれに、22〜30歳、31〜40歳、41〜70歳がいます。論文は年齢の分布を図にして、三つの職位で年齢が大きく重なっていることを確かめてから、九つの区分に分けて開始賃金を比べました。
ジュニア職は、三つの年齢層すべてで開始賃金が下がっています。九つの区分で推定値が一番大きかったのは、<strong>41〜70歳のジュニア職</strong>でした。論文の本文はこの推定値(曝露度が1上がったときの開始賃金の変化率)を−0.162と書いています。同じ論文の図13では、この点は−0.10の近くにあり、95%信頼区間(推定のぶれの幅)は九つの中で一番広く描かれています。本文の数字と図のどちらが改訂後の値かは、論文からは分かりません。41〜70歳が一番大きい点は、本文でも図でも同じです。
中堅職とシニア職の九つの区分は、図のとおりです。中堅職で下がっているのは40歳以下だけで、シニア職はどの年齢層も有意な変化がありません。
論文は「実質賃金の抑制は、年齢の効果ではなく、階層上の位置の関数である」と書いています。
AIに近い仕事では、離職が18.6%減り、転職が28.8%減りました
給料の次に、論文は辞める人を数えています。離職を二つに分けます。辞めてから90日以内に別の会社で働き始めた場合を「転職」、そうでない場合を「長期の無職」とします。
AIに近い仕事では、年間の離職率が3.0ポイント下がりました。ChatGPT公開前の平均に対して18.6%の減少です。減ったのは転職のほうで、2.8ポイント(公開前の平均に対して28.8%)減っています。長期の無職に移る人は、統計的に有意には増えていません。この減少は、ジュニア職・中堅職・シニア職のすべて、三つの年齢層のすべてで起きています。給料が下がった範囲より、辞めなくなった範囲のほうが広い、と論文は書いています。
論文はさらに、賃金に対する離職の弾力性(会社が給料を下げたとき、どれだけの人が辞めるか)を測っています。AIに近い仕事では、ChatGPT公開後にこの弾力性が下がっていました。論文はこれを、「会社が、他社に人を取られずに給料を下げる力を持った」と説明しています。
生成AIのスキルを書いた人の開始賃金は8〜9%高く、スキルが広まった職場の開始賃金は下がっています
Revelioの職歴には、本人が書いたスキルが載っています。生成AIに関わるスキルを書いて入った人の開始賃金は、同じ会社・同じ職業・同じ地域の人より8〜9%高くなっていました。同時に、そのスキルを持つ人が増えた職場ほど、職場全体の開始賃金は下がっています(推定値−0.122)。個人としてスキルを書けば高く雇われ、そのスキルが広まった職場の値段は下がる、という二つが同時に出ています。
論文は、雇用が減る段階に進むかどうかは「まだ分からない」と書いています
論文が自分で書いている限界を三つ並べます。曝露度の指標は職業の作業内容から作ったもので、どの会社が実際に生成AIを入れたか、どれだけ使っているかは分かりません。測っているのはAIに近い仕事とそうでない仕事の差で、両方に共通の変化は測れません。対象はChatGPT公開から数年で、会社も働く人もまだ使い方を学んでいる途中なので、長期の形は違うかもしれません。
結びの文は「雇用が安定したまま、賃金が下がり、転職が減り、働く人の外の選択肢が悪化しうることを、証拠はすでに示している。この形が続くのか、いずれ広い雇用の減少に道を譲るのかは、まだ分からない」です。
出典:
- Azar, José; Giné, Mireia; Sanz-Espín, Javier「The Wage Effects of Generative AI」SSRN Working Paper 5842084(初版2025年12月1日、改訂2026年9月16日、66ページ/旧題「AI Is Already Eroding Wages: Quasi-Experimental Evidence from Occupational Exposure」)
https://ssrn.com/abstract=5842084 - IESE Insight「How AI is depressing entry-level wages and hiring」(2025年12月12日/初版の数字での紹介記事)
https://www.iese.edu/insight/articles/artificial-intelligence-junior-employees-wages/ - 曝露度の指標=Eloundou, Manning, Mishkin, Rock「GPTs are GPTs: Labor market impact potential of LLMs」Science, 2024
- 22〜25歳のソフトウェア開発者の雇用=Vol.14(スタンフォード大学 Digital Economy Lab「Canaries in the Coal Mine?」2025年11月)
② 構造
論文の職位の区分を、戦略の階層に置き直して読みます。ジュニア・中堅・シニアという言葉が、年齢と在籍年数のどちらとも一致しない区分だと分かると、Vol.14で書いた若手の数字と、今回の年上の数字が、同じ場所の話として繋がります。その先に、前にも起きた歴史を一つ置きます。
ジュニア職は、年齢の名前ではなく、会社の中でどの層の仕事をしているかの名前です
IESEの論文が使った職位の区分は、年齢で付いていません。Revelioの記録では、同じ会社の中でその人が何を任されているかで7段階が付いていて、41〜70歳のジュニア職も、22〜30歳の中堅職もいます。論文が九つの区分に分けたのは、この二つを切り離すためです。
戦略の階層で置くと、こうなります。ジュニア職は、渡された作業をこなす層です。中堅職は、作業を割り振り、まとめ、確かめる層です。シニア職は、何を作るか、誰に何を任せるかを決める層です。この三つは、年齢とも在籍年数とも一致しません。20年いて、渡された作業をこなす層にいる人はいます。3年で、割り振る層に上がる人もいます。
生成AIが肩代わりするのは、作業です。作業の値段が下がれば、作業をこなす層の値段が下がります。年齢は関係ありません。論文の数字は、そのとおりに出ています。
若いジュニア職は採られず、年上のジュニア職は安くなる、と読めます
本紙はVol.14で、スタンフォード大学の研究を書きました。22〜25歳のソフトウェア開発者の雇用は、2022年後半のピークから2025年9月までに約20%減り、その調整は給料ではなく人数で起きていました。今回のIESEの論文は、雇用に検出できる変化はなく、調整は給料で起きた、と書いています。
二つは、同じ層の別の年齢を見ていると読めます。若いジュニア職は、他の仕事に移りやすい人たちです。採らなければ他へ行くので、人数で調整が出ます。40歳を超えたジュニア職は、他に移りにくい人たちです。給料を下げても辞めないので、値段で調整が出ます。IESEの論文が「給料を下げても辞める人が減った」「会社の側の力が増した」と書いているのは、この年上の側の話です。
中堅職の40歳未満が下がっているのは、中堅職の下の側が溶けているからだと推測できます
論文で、中堅職は40歳未満だけが下がっています。中堅職の中でも若い人は、割り振る仕事より、こなす仕事の割合が多いと推測できます。ジュニア職に渡していた作業を、生成AIを使って自分でこなす。それは中堅職の仕事が増えたようにも見えますが、中堅職の中の「こなす」部分が、ジュニア職と同じ値段になっていく動きでもあります。
生成AIのスキルを書いた個人の開始賃金が8〜9%高く、そのスキルが広まった職場の開始賃金が下がっている、という二つの数字も、同じ場所を指しています。個人の技能としては値が付き、職場に広まれば作業の値段が下がります。溶けているのは、作業をこなす層です。
打つ人の職種名だけが無くなった歴史が、前にあります
キーパンチャーという職業がありました。伝票の数字を、機械に打ち込む職業です。決める人と打つ人が、別の職種でした。いま、打つという行為は無くなっていません。全員が自分で打っています。無くなったのは、打つ側の職種名だけです。
コンパイラ(人が書いたプログラムを、機械が読める形に変換する道具)が普及したときも、高級言語(人の言葉に近い形でプログラムを書ける言語)が広まったときも、下の層の技能が、上の層の全員に配られました。「できると偉い」技能が、「知っていると懐かしい」技能に変わっています。生成AIは、この抽象化の階層をもう一段積んだものだと読めます。
この歴史で消えたのは、職業ではなく、決める人と作業する人が別の名前で呼ばれていた時代の、作業する側の名前です。IESEの論文が「階層上の位置の関数」と書いた現象は、その途中の数字だと読めます。