東京のAI研究会社Sakana AIが9月11日、「Fugu Max」と「Fugu Ultra v2」を発表しました。2025年11月の資金調達で評価額4,320億円になった会社です。発表を読むと、この会社は大きなAIモデルを一から作っていません。他社のモデルを組み合わせる仕組みを作って、それを一つのモデルとして売っています。本紙は、この会社が何を自前で持ち、何を借りているかを本人たちの発表だけで並べました。
① 事実
Sakana AIは、2年で660億円を集め、評価額は4,320億円です
Sakana AI株式会社は2023年に東京で創業しました。共同創業者はDavid Ha(CEO)と伊藤錬(社長)です。資金調達は3回公表されています。
2024年1月のシードで3,000万ドル。米国のLux CapitalとKhosla Venturesが主導し、NTTグループ・KDDI・ソニーグループが入りました。2024年9月のシリーズAで約300億円。NEAとNVIDIAに加えて、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友銀行、みずほフィナンシャルグループ、NEC、SBI、第一生命、伊藤忠、富士通、野村ホールディングス、ANA、東京海上日動が株主になりました。2025年11月のシリーズBで320億円(2億ドル)。資金調達後の企業価値は約4,320億円(27億ドル)、累計の調達額は約660億円です。この回にはMUFG、Google、Salesforce Ventures、Citi、Datadog、三菱電機に加え、In-Q-Tel(米国の情報機関が設立した投資会社)が入っています。
創業からの方針は「大きなモデルを一から作らない」です
シリーズBの発表文は「もう一つの大規模基盤モデルを一から学習させて車輪を再発明するのではなく、私たちは進化を使って既存のオープンソースモデルを組み合わせる方法、木探索で閉じたモデルを組み合わせる方法、モデルを自己改善させる方法を切り拓いてきた」と書き、「資源の乏しい国である日本にとっての正しい道は、効率」だと続けています。
この方針は、2024年3月の最初の研究発表(進化的モデルマージ=既存の公開モデルの重みを掛け合わせて新しいモデルを作る手法)から一貫しています。基盤モデル(大量のデータで一から学習させた土台のモデル)の学習は、Sakana AIの発表の中に出てきません。
日本語モデル「Namazu」の元は、中国Moonshot AIのKimi K2.6です
Sakana AIは2026年8月3日、日本語特化のLLM API「Sakana Namazu」の提供を始めました。発表文は、元のモデルを明記しています。「Moonshot AIが公開するオープンモデル『Kimi K2.6』をベースに、社内独自のデータで日本語と日本の業務文脈への適合を進め、あわせて、特定の話題での応答回避や出力の偏りを抑えるチューニングを施しました」。
Moonshot AIは北京のAI企業で、Kimi K2.6はオープンウェイト(重み=学習結果の数値の塊が公開されていて、誰でも自分の機械で動かせるモデル)です。Sakana AIが自前でやったのは事後学習(出来上がったモデルに、追加のデータで振る舞いを足す工程)です。3月のα版の発表では、この事後学習を「性能において世界最高水準のオープンウェイト基盤モデルを活用し、各国の文化・価値観や安全保障上の要件を満たすモデルを構築するため」の技術と位置づけています。
そのKimiについて、Anthropicが9月10日に公表した報告書「Detecting and countering misuse of AI: September 2026」が、一つの事実を書いています。「Moonshot AIは、顧客の要求をKimiで処理する代わりに、黙ってClaudeへ転送し、Claudeの回答を利用者に表示していた。利用者はKimiを使っていると思っていたが、受け取ったのはClaudeの回答だった」。ある10日間で約30万件の要求が転送され、大半がClaude Opusに向かい、5,380の不正なアカウントが使われ、その多くはシンガポールと日本にあるように見えた、とあります。Moonshot AIは転送したやりとりの一部を保存し、Claudeの推論の記録を取り出して自社モデルの学習に使った、とも書いています。2026年5月から7月にMoonshot AIに帰属する蒸留(大きなモデルの出力を使って別のモデルを鍛えること)のやりとりは2,300万件を超えた、というのがAnthropicの数字です。これはAnthropicの側の報告で、Moonshot AI側の見解は、本紙は確認できていません。
主力の「Fugu」は、他社のモデルを振り分ける小さなモデルです
Sakana AIが「国際向けの旗艦製品」と呼ぶのが、2026年4月にβ、6月に一般提供になった「Sakana Fugu」です。8月の発表が、仕組みを二層で説明しています。
一つが指揮者モデル(オーケストレーターモデル)。「モデル間の『協調の仕方』をSakana AIが学習させた小規模な言語モデル」です。もう一つがモデルプール。「実際の処理を担うモデル群。数百Bクラスのフロンティアモデルを含む」。利用者は一つのAPIに質問を送り、指揮者モデルがプールのどのモデルに何をさせるかを決め、答えを一つにまとめて返します。「指揮者モデルに求められるのは、あらゆる知識を自分の重みに抱えることではなく、どのモデルにどう任せるかを判断すること」と書かれています。
6月の技術レポートは、プールの中身を名指ししています。「Gemini-3.1-Pro(Google DeepMind)、Claude-Opus-4.8(Anthropic)、GPT-5.5(OpenAI)などの最先端のフロンティアLLMを含む」。米国3社のモデルです。同じレポートは、Fable 5とClaude Mythos Previewについて「公開アクセスできないので、Fuguのプールには入っていない」と書いています。指揮者モデルの土台も、8月10日にGoogleのオープンモデル「Gemma 4」で学習し直して同等の性能を確認した、と発表しています。
9月11日の発表は、価格とプールの拡張です
「Fugu Max」は、プールにオープンウェイトと特化型のモデルを「これまでで最も多く」加えたもので、7月に提携したNVIDIAの「Nemotron」が名指しされています。質問ごとに「解ける中で最も軽いモデル」へ振り分ける、と説明されています。価格は入力100万トークンあたり2ドル、出力100万トークンあたり6ドル。OpenAI互換API(OpenAIのAPIと同じ形式で呼べる接続口)で提供され、既存のFugu利用者は「パラメータを1行変えるだけ」で移れる、とあります。
「Fugu Ultra v2」は、複数のモデルを何段も組み合わせる上位版です。発表文は「Fable 5、Fable 5.1、GPT-6-Astraをプールに入れずに」最高値を出した、と書いています。9月時点のプールの全容は、発表に書かれていません。ベンチマークの点数は、自社製の指標(SWEFish)が混じっているので、本紙は書きません。
売り先は、銀行と防衛省と商社です
公表されている取引先を、発表の時系列で並べます。三菱UFJ銀行との複数年の包括契約(融資業務のAI)。三井住友銀行との提案書自動生成。大和証券グループとのウェルスマネジメント業務のAI。北國フィナンシャルホールディングスとの戦略提携。総務省の事業(SNS空間の偽・誤情報対策)。防衛装備庁からの委託研究(指揮統制システムの基盤技術・2026年3月)。防衛省との契約(情報本部の総合分析業務のAI・2026年7月29日)。SCSKと住友商事との包括業務提携(2026年9月10日)。
防衛省の発表文でSakana AIは「日本独自のAI技術で国の安全保障基盤を強靭化することは急務です」と書いています。技術レポートの序文は「輸出規制のリスク無しにフロンティアの能力を届ける」と書き、9月の発表文は「ベンダーロックイン、APIの取り消し、地政学的な混乱、突然のサービス停止から利用者を守る」と書いています。
出典:
- https://sakana.ai/fugu-max-release/(2026-09-11)
- https://arxiv.org/abs/2606.21228(Sakana Fugu Technical Report・2026-06-19)
- https://sakana.ai/fugu-gemma4/(2026-08-10)/https://sakana.ai/fugu-beta/(2026-04-24)
- https://sakana.ai/namazu-api/(2026-08-03)/https://sakana.ai/namazu-alpha/(2026-03-24)
- https://sakana.ai/series-b/(2025-11-17/2026-04-09追記)/https://sakana.ai/series-a-jp//https://sakana.ai/seed-round/
- https://www.anthropic.com/threat-intelligence-report-september-2026(Anthropic・2026-09-10)
- https://sakana.ai/defense-integrated-analysis/(2026-08-24)/https://sakana.ai/scsk-sc-partnership/(2026-09-10)/https://sakana.ai/nvidia-open-model-innovation/(2026-07-16)
② 構造
Sakana AIは、大戦略から売り先まで一本で通っています
Sakana AIの発表を、戦略の階層で並べます。大戦略=資源の乏しい日本が、主権AI(自国の統制の下にあるAI)を持つ。戦略=大きなモデルを一から作らず、既存のモデルを組み合わせること。戦術=振り分けを学習した指揮者モデル(Fugu)と、公開モデルの日本語への事後学習(Namazu)。売り先=銀行、証券、防衛省、総務省、商社。
上から下まで、言っていることと作っているものが繋がっています。本紙が既刊で見てきた会社の多くは、ここが繋がっていません(Vol.49=大戦略だけが読み取れて、下が無い)。Sakana AIは逆で、下まで作ってあります。
通っているから、「自前」の場所が見えます
一本で通っている会社は、どの層を自分で持ちどの層を借りているかが外から見えます。
自前の層は三つです。どのモデルに何をさせるかを決める指揮者モデル。公開モデルを日本語と日本の業務に合わせる事後学習。そして、銀行と国という売り先。借りている層は、答えを作るモデルそのものです。Fuguのプールは米国3社の閉じたモデルと、NVIDIAや中国のオープンモデル。Namazuの元は中国のKimi K2.6。指揮者モデルの土台はGoogleのGemma 4。借りている層の下に、もう一段ある可能性も、Anthropicの報告書は書いています。KimiがClaudeの回答を使っていたなら、Namazuの元の元は、米国のモデルです。
「輸出規制のリスク無し」「突然のサービス停止から守る」という言葉は、この構造の説明として読めます。守り方は「自分で作る」ではなく「差し替えられる」です。一社が止まれば、プールの別のモデルに振り分けます。一方で、プールに入れられるのは各社が外に出している範囲までです。6月のレポートが、Fable 5とMythos Previewを「公開アクセスできないので入れていない」と書いているのが、その上限です。9月の発表は、最新のモデルを「入れずに」最高値と書いていて、入れられなかったのか入れなかったのかは、発表からは分かりません。
振り分けの層は、上からも横からも薄くなる場所です
Fuguが立っている層は、モデルの提供元と利用者の間です。この層に、Sakana AI自身がOpenAI互換のAPIで立ち、「1行変えれば移れる」と書いています。差し替えやすさを売りにした層は、利用者から見ても差し替えやすい層です。
振り分けそのものは、手で書いても簡単なロジックで書いても作れます。Sakana AIがやっているのは、その判断を学習で置き換えることです。技術レポートは、学習用の質問を全部のモデルに解かせて採点し、その順位を教師にして指揮者モデルを鍛えた、と説明しています。この方法が勝てるのは、採点に使った問題集の上です。特定の会社の仕事でどのモデルが向いているかを知っているのは、その会社です。
評価額4,320億円が付いているのは、振り分けの技術ではなく、置かれた場所だと読めます。日本の主要な銀行が株主で、防衛省と総務省が発注元で、「日本独自のAI技術」と名乗れる位置。その位置は、モデルを借りていても成り立っています。