米国の全米経済研究所(NBER)が9月、AIがソフトウェア開発を通じて経済をどれだけ押し上げたかを測った論文を出しました。使ったのは、eBayやAirbnbのような、ソフトウェアを使って商売をしている会社の株価です。結論は、2022年11月から2025年12月までに、ソフトウェア開発の生産性が32.6%上がったのと同じだけの効果、というものでした。本紙はVol.33で、実際に測った生産性の伸びは1年で0.07%だった、と書いています。
① 事実
論文を書いたのは、米国と英国の大学の経済学者4人です。AIのニュースが出たとき、ソフトウェアエンジニアを多く抱える会社ほど株価がよく反応するかを調べ、その反応の大きさから、市場がどれだけの生産性の上昇を見込んでいるかを逆算しました。数字は3つ出ています。ソフトウェア開発の生産性、国内総生産(GDP)への効果、そして2026年前半の動きです。
カリフォルニア大学バークレー校などの4人が、株価からAIの効果を測りました
論文は「The Macroeconomic Effect of AI: Sizing the Software Engineering Channel」(AIのマクロ経済効果:ソフトウェア開発の経路を測る)で、NBERのワーキングペーパー(査読前の研究論文)35793号として2026年9月に出ました。著者は、カリフォルニア大学バークレー校のAlex Blumenfeld氏、Chen Lian氏、Andreas Schaab氏と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのJonathon Hazell氏です。
論文は冒頭で、AIがGDPに与える効果の予測は、10年で1%ほどというものから、成長率を桁違いに押し上げるというものまで幅がある、と書いています。まだ起きていない進歩が多く、測るのが難しいためです。
比べたのは、ソフトウェアを使う側の会社の株価です
手順は2段です。まず、会社ごとに、AI関連株の指数(ROBO Global Artificial Intelligence指数)が動いたとき、その会社の株価がどれだけ一緒に動くかを出します。次に、その動きやすさを、給与の総額に占めるソフトウェアエンジニアの割合と照らします。給与のデータは、Revelio Labs(従業員単位の人事データを集める会社)のものです。
AIでソフトウェアエンジニアの生産性が上がるなら、エンジニアを多く抱える会社ほど得をするはずで、その期待は株価に先に出る、という考え方です。
対象からは、ソフトウェアを作って売る会社(いわゆるSaaSの会社)と、半導体の供給網の会社を外しています。残したのは、ソフトウェアを使って商売をしている会社で、論文はeBay(ネット通販の仲介)、Sonos(音響機器)、Expedia・Airbnb(旅行予約)を例に挙げています。
市場が織り込んだ生産性の上昇は、3年余りで32.6%でした
結果は、ソフトウェアエンジニアの給与の割合が1ポイント違う2社では、AI指数が1ポイント動くと、株価の動きに1.24ベーシスポイント(0.0124ポイント)の差が出る、というものでした。
これをモデルに通すと、2022年11月から2025年12月までのAIのニュースで、<strong>市場が見込むソフトウェア開発の生産性は、永続的に32.6%上がったのと同じだけ</strong>上がった、という計算になります。正確には、将来にわたる生産性の上昇をいまの価値に割り戻して合計したものです。
著者は、この数字は、実験で測られた作業単位の速さの向上(21〜56%)と同じくらいの大きさだとしています。そのうえで、理由を2つ挙げています。市場の見込みにはまだ出ていない将来の進歩が含まれるので、いまの道具の効果より大きく出ます。一方で、仕事は多くの作業の組み合わせなので、一部の作業が速くなっても、全体の生産性はそれほど上がりません。
著者自身、「金融市場の見方が完全に正確だとは考えにくい」と書いています。それでも市場を使う利点として、先を見ていること、週単位でほぼリアルタイムに更新できること、会社全体の生産性を拾えることを挙げています。
GDPへの効果は3.6%で、毎年ではなく一度きりの上昇です
ソフトウェア開発の生産性の上昇をGDPに換算すると、<strong>3.6%</strong>です。論文は、これは毎年3.6%ずつ成長するという意味ではなく、GDPの水準が一度だけ3.6%上がるという意味だ、と注をつけています。ソフトウェア開発の生産性が研究開発の生産性まで高めると仮定すると、6.5%になります。
論文は、ほかの経済学者の推計とも比べています。3.6%は全要素生産性(設備や人員の増加では説明できない生産性の伸び)の上昇としても読め、マサチューセッツ工科大学のDaron Acemoglu氏の推計より大きく、Philippe Aghion氏らの推計より小さい位置に入ります。
市場の期待は、2026年前半の半年で、2022年末からの3年分を超えました
論文は、同じ計算を2026年前半まで延ばしています。<strong>2026年前半の半年に出たAIのニュースで上乗せされた期待は、それまでの3年分の合計を上回りました。</strong>生産性とGDPへの効果は、2025年末と比べて2倍を超えています。
論文は、その理由として、Claude CodeやCodexのようなコーディングエージェント(人が逐一指示しなくても、自分で手順を判断してコードを書き進めるAI)が2026年に広く使われ始めたことを挙げ、この系列を今後も追うとしています。
出典:
- Alex Blumenfeld, Jonathon Hazell, Chen Lian, Andreas Schaab「The Macroeconomic Effect of AI: Sizing the Software Engineering Channel」NBER Working Paper 35793(2026年9月) https://www.nber.org/papers/w35793
- セントルイス連邦準備銀行 On the Economy「AI and Productivity: What Firms Are Saying on Earnings Calls」(2026年7月31日・Vol.33の出典) https://www.stlouisfed.org/on-the-economy/2026/jul/ai-productivity-what-firms-say-earnings-calls
② 構造
NBERの論文の32.6%は、投資家がAIに賭けたお金から逆算した、生産性の見込みです。実際に測った生産性とは、測っているものが違います。本紙はVol.33で、企業が決算説明会で「AIで生産性が上がる」と話した言葉を扱いました。今回は、同じ「これから」を、株価の側から見たことになります。
32.6%は、投資家の見立てです
論文が測ったのは、市場が期待している生産性の上昇です。工場や事務所で、生産性が実際にどれだけ上がったかを数えたものではありません。株価は、将来の利益の見込みで動くので、まだ起きていないことも含みます。
著者は、この性質を利点として使っています。統計に出る前に、先に動くからです。同時に、市場の見方が正確とは限らないとも書いています。32.6%とGDPの3.6%は、<strong>投資家がいま、そう見込んでいる</strong>という数字として読めます。
Vol.33の「これから」は決算説明会の言葉で、NBERの論文の「これから」は株価です
Vol.33で扱ったのは、セントルイス連邦準備銀行の分析です。米国の上場企業の決算説明会で、生産性についての発言のうちAIが絡むものは、95%が将来のことを話していました。同じ時期、サンフランシスコ連邦準備銀行の利用調整済みの全要素生産性は、2026年第1四半期までの1年間で0.07%しか伸びていません。
決算説明会の発言は、言葉です。株価は、お金を賭けた見込みです。今回の論文で、言葉だけでなく、お金の側も「これから上がる」と見込んでいることが、数字で出ました。
実測の0.07%と、市場の見込みの間の差は、まだ埋まっていません。セントルイス連銀は、決算説明会の話が「これから」から「すでに得られた」へ移るかを追い続けると書いていました。今回の論文も、この系列を追い続けるとしています。<strong>答え合わせの相手が、一つ増えた</strong>と読めます。