音声AIの会社ElevenLabsが9月28日、新しいモデル「Eleven v4」を出しました。10秒の録音があれば、その人の声を高い精度で複製できるとしています。日本では、社長になりすましてメールを送り、会社のお金を振り込ませる「ニセ社長詐欺」が、2026年上半期だけで127件、38.8億円にのぼっています。警察庁の資料によると、いまの手口はメールとLINEで、声は使われていません。
① 事実
声を複製する技術と、会社を狙う詐欺の数字を並べます。ElevenLabsの発表は、声を作る速さと複製の手軽さを前に出しています。警察庁の統計は、日本の会社がいまどんな手口で、どれだけの金額をだまし取られているかを示しています。電話で始まる別の詐欺の数字も、同じ資料に出ています。
ElevenLabsは9月28日、10秒の録音で声を複製できる音声AIを出しました
ElevenLabsは、文章を読み上げる音声を作るAIの会社です。9月28日、新しいモデル「Eleven v4」と、応答を速くした「Eleven v4 Turbo」を発表しました。
発表文には「Instant Voice Clones can now capture voices with high fidelity using just 10 seconds of audio」とあります。<strong>10秒の録音</strong>で、声を高い精度で複製できるという意味です。対応する言語は90以上で、製品のページには、日本語の文章を読ませると自然な発音で話すという例が出ています。
Eleven v4 Turboは、話しかけられてから声を出し始めるまでの時間が中央値で約150ミリ秒です。発表文は、人と人が会話するときの平均的な間より速い、としています。電話で応対するAIエージェント(人が逐一指示しなくても、自分で手順を判断して動くAI)向けのモデルです。
どちらも、無料のアカウントですぐに使えます。
ElevenLabsは、複製には声の持ち主の同意の確認が要る、としています
製品のページには「Every voice clone in Eleven v4, instant or professional, requires verified consent from the voice's owner」とあります。声を複製するには、その声の持ち主の同意を確認する必要がある、という意味です。どうやって同意を確認するのかは、発表文にも製品のページにも書かれていません。
生成した音声は、AIが作ったものだと判別する技術(AI Speech Classifier)で検出できる、ともしています。
警察庁は、ニセ社長詐欺を2026年上半期に127件、38.8億円と数えました
警察庁は7月30日、2026年上半期の特殊詐欺の統計を公表しました。その中に「ニセ社長詐欺」の項目があります。
警察庁の定義では、自社の経営者などになりすましてメールなどを送り、そのあとSNSに誘導してお金をだまし取るものです。2025年12月中旬ごろから確認されていて、2026年上半期の認知件数は127件、被害額は<strong>38.8億円</strong>でした。
会社が被害に遭うので、1件あたりの金額が大きくなります。だまし取られた1件あたりの被害額は3,130.7万円です。28の都道府県で起きています。
ニセ社長詐欺の手口は、メールとLINEのグループトークです
警察庁の資料は、手口を3段で説明しています。実在する経営者の名前で、SNSのグループトークを作るよう指示が来る。「入金予定の資金があるので、経理担当者も招待するように」と指示が来る。「取引先の口座情報を送るので、振り込んでほしい」と指示が来る。
埼玉県警察は、県内の事例を載せています。2026年1月、社長を名乗る者から従業員にSNSで「総務担当者を含めた3人のグループを作成してください」と指示があり、そのグループで口座の残高を聞かれたあと、総務担当者がインターネットバンキングで7回にわたって、合わせて2億1,900万円を送金しました。
警察庁の資料に、ニセ社長詐欺で声や電話を使ったという記述はありません。いまの手口は、文字だけです。
電話で始まる「ニセ警察詐欺」は、半年で507.9億円でした
同じ統計には、警察官を名乗る「ニセ警察詐欺」も載っています。個人が主な被害者で、最初の接触は電話が9割以上を占めています。
出典:
- ElevenLabs「Introducing Eleven v4, our most emotive model」(2026年9月28日) https://elevenlabs.io/blog/eleven-v4
- ElevenLabs「Eleven v4」製品ページ https://elevenlabs.io/v4
- 警察庁「令和8年上半期における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」(2026年7月30日) https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/sagi_keihatsu2026.pdf
- 警察庁 SOS47「法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!」(2026年2月13日) https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/new-topics/260213/01.html
- 埼玉県警察「ニセ社長詐欺に注意!」(2026年3月3日更新) https://www.police.pref.saitama.lg.jp/c0010/nisesyatyousagi.html
② 構造
ニセ社長詐欺は、社長の名前と見た目を文字で借りる詐欺です。文字で届いた指示がおかしいと思ったとき、本人の声で確かめるのは自然な手順です。その声を、10秒の録音から作れる道具が、無料の枠で使えるようになりました。確かめる手段をどこに置くかが、あらためて問われます。
文字の指示を声で確かめられるのは、声が本人のものだと信じられるからです
いまのニセ社長詐欺は、メールアドレスやSNSのアイコンを真似て、社長を装います。埼玉県警察は対策として、届いたメールアドレスを確かめることと、社員同士で情報を共有することを挙げています。
文字は真似やすいので、文字で届いた指示を、社長本人に電話して声で確かめる会社も多いと思います。この確かめ方は、電話の向こうの声が本人のものだと信じられることを前提にしています。
ElevenLabsは同意の確認を必須にしていますが、声を複製する技術を出している会社は1社ではありません。社長が話している動画や講演の録音が、会社のサイトやSNSに10秒以上あれば、声の材料はそこにあります。
本人を確かめる手段は、真似しにくいものへ移ってきました
本人を確かめる手段は、真似しやすくなるたびに別のものへ移ってきたと読めます。署名や印鑑、パスワード、そしてスマートフォンに届く確認のコード。声は、顔を合わせずに本人だと分かる手段として、長く使われてきました。
声が10秒で作れるなら、声は確かめる手段の候補から外れていくと読めます。残るのは、あらかじめ決めておいた別の経路です。依頼の中に書かれた番号ではなく、手元に控えてある番号にかけ直します。振込先の変更は、決めた人が決めた手順で確かめます。どれも、新しい技術は要りません。