米国の全米経済研究所(NBER=経済学者が研究を持ち寄る米国の民間の研究機関)が9月に出した論文によると、米国の大卒直後の若者の失業率は、2026年夏も例年の幅に収まっていました。生成AIの職場での利用が広がった最初の夏として、調べたものです。同じ9月、スタンフォード大学などの研究者は、41か国の多国籍企業で、AIを使い始めた会社がどんな人を採ってきたかを調べた論文を出しています。
① 事実
本紙は、9月に出た二つの論文を読みました。一つはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究者2人がNBERから出したもので、米国政府の労働力調査を使い、大卒直後の若者の失業率を調べています。もう一つはスタンフォード大学とロンドン大学キングス・カレッジの研究者が、41か国の求人と雇用の記録を使って、AIを使い始めた会社の人員の中身を調べたものです。どちらも査読(ほかの研究者による審査)の前の論文です。
米国の新卒の失業率は、2026年夏も、過去4年の夏と同じ幅に収まっていました
NBERの論文は、Robert W. FairlieとJane Wuが書いたものです。米国の労働力調査(CPS=国勢調査局と労働統計局が毎月行う世帯調査)の個票を使い、22〜25歳で、学士が最終学歴で、いま学校に通っていない人を「大卒直後の若者」として数えています。
大卒直後の若者の失業率は、毎年夏に跳ね上がります。卒業した人がまだ職に就いていないためで、6〜8月はほかの月より2ポイントほど高くなります。そこで論文は、2026年の夏を過去の夏と比べています。論文の冒頭には、米国の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOが、今年の大卒者の失業率は、景気後退が無くても近年で最も高くなるかもしれない、と心配していた発言が引かれています。
2026年6〜8月の失業率の平均は<strong>7.3%</strong>でした。2022年から2025年の夏は、6.3%から7.8%の間にあります。30〜49歳の大卒者と比べても、大卒でない同じ年代と比べても、2026年夏の大卒直後の若者だけが目立って悪くなった、という結果は出ていません。
働きたいのに職探しをしていない若者を数えに入れても、2026年夏は例年と大きく変わりませんでした
米国の失業率は、直近4週間に職探しをした人だけを失業者として数えます。卒業後に一息ついている人や、求人を眺めているだけの人は、働きたくても失業者に入りません。
論文は、こうした「働きたいが、職探しはしていない」と答えた人を足した失業率も出しています。2026年夏は10.4%で、5年の夏のうち最も高くなりました。これまでの最高との差は0.3ポイントで、統計的に意味のある差ではない、と論文は書いています。
NBERの論文では、AIに近い職業かどうかで、新卒の失業率に差は出ていません
論文は、職業ごとのAIへの近さ(その職業の作業を、生成AIでどれだけこなせるか)でも分けて調べています。AIへの近さの指標には、OpenAIの研究者らによる理論上の指標と、AnthropicがClaudeの実際の使われ方から作った指標の二つを使っています。どちらでも、AIに近い職業ほど2026年夏の失業率が上がった、という統計的に意味のある結果は出ていません。
差が出たのは、在宅でできる職業かどうかのほうでした。ただし、AIに近い職業と在宅でできる職業は大きく重なっていて、二つは切り分けにくい、と論文は書いています。
失業している大卒直後の若者のうち16%は、職業の欄が空です。一度も働いていないためです。職業ごとの集計では、いちばん気がかりな人たちが数から抜け落ちる、とも書いています。
論文は、AIの利用がさらに深まれば、2027年以降に卒業する人たちのほうが影響を受けるかもしれない、と留保しています。
41か国の多国籍企業では、AIを使い始めた会社が、若手を減らすより、経験者を多く採っていました
スタンフォード大学のBharat Chandarと、ロンドン大学キングス・カレッジのBouke Klein Teeselinkが、9月20日に公表した論文です。人材データの会社Revelio Labsが集めた、41か国の求人12.5億件と雇用の記録1.54億件を使っています。期間は2021年1月から2026年3月です。
生成AIを使う仕事の求人を出した会社を「AIを使い始めた会社」と見なし、その会社の海外子会社を、同じ国・同じ業種の、AIを使っていない会社の子会社と比べています。
AIを使い始めた会社の子会社では、従業員に占める若手(入社直後とジュニアの2段階)の割合が、2026年3月時点で1.9ポイント低くなっていました。割合が下がった主な理由は、経験者が6.7%増えたことです。若手は2.5%少ないものの、統計的に意味のある差ではありません。従業員全体は3.3%増えています。
職業別では、AIに最も近いコンピューター・数学の職業で、従業員に占める割合が増えた一方、そのなかの若手の割合は3.3ポイント下がっていました。
国別に見ると、31か国のうち23か国で若手の割合が下がっていて、米国・英国・ブラジルなど7か国で統計的に意味のある差でした。日本については、このデータで拾えている雇用が2.1%しかありません。日本では、専門職の採用の多くが国内の求人サイトで行われているため、と論文は書いています。
② 構造
AIで若手の仕事が減るかについて、9月の二つの論文と、本紙が以前に取り上げた調査は、別々のものを数えています。何を数えているかで並べ直すと、互いに食い違ってはいません。若手は職に就けていて、どの職に就くかが変わり始めています。
失業率と、職業ごとの人数は、別のものを数えています
本紙はVol.65で、スタンフォード大学の別の研究を取り上げました。米国の給与計算会社ADPのデータで、AIに近い職業の22〜25歳の雇用が、AIから遠い職業の同年代より約19%少なくなっていた、という研究です。
NBERの論文の「失業率は例年どおり」と、Vol.65の「AIに近い職業の若手は19%少ない」は、数えているものが違います。NBERは、どの職業に就いたかに関係なく、大卒直後の若者のうち職が無い人の割合を数えています。Vol.65の研究は、ある職業で給料を受け取っている若手の人数を数えています。
二つがどちらも正しいとすると、若手は職に就けていて、AIに近い職業には入りにくくなっていると読めます。41か国の論文でも、若手はAIに近い職業から離れる方向に動いていた、と書かれています。
採用が続いているのは、現場に人がいないと成り立たない仕事だと読めます
Vol.65で取り上げた給与計算サービスGustoの調査では、AIを使い始めた小さな会社で増えた職種は、歯科衛生士、セラピスト、教師、調理師でした。どれも、その場に人がいないと成り立たない仕事です。
NBERの論文でも、2026年夏に失業率が下がったのは、大卒でない同じ年代の若者のほうでした(7.5%から6.8%)。在宅でできない職業に就いた大卒直後の若者も、失業率が低く出ています。
AIの影響は、失業率より先に、会社が誰を採るかに出ていると読めます
41か国の論文では、AIを使い始めた会社は、若手を減らすより経験者を増やしていました。採る人を選び直している形です。
会社が若手を辞めさせなければ、失業率には出ません。若手を採る枠が広がらないまま経験者を足していけば、AIの影響は、失業率より先に、誰を採るかに出ると読めます。NBERの論文が2027年以降の卒業生に留保を付けているのも、この順番と合っています。
③ 自分事
当社は、未経験の人をゼロから育てることを、いまはやめています
当社は以前、未経験の人を採ってゼロから育てていました。初学者に向けて、学べる環境も整えました。いまは、未経験の人を採っていません。
やめた理由は、AIではありません。教え方の問題でもないと私は見ています。本人の本質的な意欲の問題だったと見ています。整えた環境の中では、自分から伸びる理由が生まれにくかったと見ています。
海老沢は、日本では失業が生死に関わる危機になりにくいと見ています
日本は根本的に裕福で、失業しても生活が立ち行かなくなるようなリスクは、諸外国に比べて低いと私は見ています。失業した人が持つ危機感も、平均すると、それに見合った高さだと見ています。生活に困窮している方が多くいることは、承知しています。あくまで、諸外国と比べたときの話です。
当社の中で整えた環境と、国全体の豊かさは、大きさが違うだけで、同じ形をしていると私は見ています。どちらも、困らずにいられる場所です。
海老沢は、物理的に人手がいる仕事以外では、採用をしていない会社が多いと見ています
業種によりますが、物理的に人手がいる職種のほかは、採用をしていない会社が多いと私は感じています。Gustoの調査で増えていた職種や、NBERの論文で失業率が下がっていた若者たちと、同じ側の話です。
NBERの論文では、在宅でできる職業かどうかで差が出ていました。私は、リモートかどうかは問題ではないと見ています。若手を採るかどうかを分けているのは、その仕事に、その場に人がいる必要があるかどうかだと見ています。
海老沢は、新卒か中途かという切り口で人を採る会社が、減ってきていると見ています
未経験か経験者か、新卒か中途か。会社がそうした切り口で人を採ることは、少なくなってきているのかもしれないと私は見ています。切り口ごとに人数を集める必要が、薄れているからです。
採用で比重が増しているのは、その人物と、会社の業績に直接の影響を与える役割だと見ています。41か国の論文で経験者が増えていたことも、経験者という区分で採った結果なのか、そうした役割に合う人を採った結果なのかは、論文からは分かりません。
当社が未経験の人の採用をやめた理由も、本人の本質的な意欲でした。日本では、AIに仕事を取られるより先に、会社が人を採るときの見方が変わり始めていると私は見ています。
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〈第三部 第65章「その名前」〉
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小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/atogaki/articles/atogaki-1
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