AIを作っているAnthropicは9月、AIが知識労働を担うほど、国の稼ぎのうち働く人に回る取り分が下がる試算を出しました。賃金の総額はほとんど変わらないまま、取り分が設備や会社を持つ側へ移っていく形です。身の回りの仕事の流れ方は、AIより前から変わり始めていました。クラウドワークスは2020年7月、システム開発を請け負う子会社2社を売り、受託の事業から撤退しました。2024年11月には、Webアプリや業務システムの受託開発をする会社を買っています。その間に、予算の少ない開発の仕事は、外に出なくなりました。
① 事実
本紙は、AIの影響を受けて案件の数や種類が変わっていそうなクラウドソーシングの2社、ランサーズとクラウドワークスを調べました。ランサーズは決算説明会、クラウドワークスは有価証券報告書と適時開示に当たっています。その前に、AIを作っているAnthropicの経済の試算と、中小企業が自分の業界の5年後をどう見ているかを、商工中金の調査で見ます。
Anthropicの試算では、2030年に働く人の取り分は45.2%まで下がります
Anthropicの経済チームは2026年9月、2030年までの米国経済を3つのシナリオで計算した「Econ Scenario Explorer」を公開しました。本紙はVol.53で、このシナリオのGDPの数字を短信で紹介しています。今号で見るのは、GDPを誰が受け取るかの数字です。
労働分配率(国の稼ぎのうち、働く人の賃金に回る割合)は、2030年に、AIの影響が控えめなシナリオで59.4%、実質的なシナリオで56.1%、極端なシナリオで45.2%です。残りは資本、つまり設備や会社を持つ側に回ります。極端なシナリオでは、資本の取り分が14.8ポイント増えます。
実質的なシナリオでは、知識労働者の賃金は上がらず、それ以外の働き手の賃金が上がります。極端なシナリオでは、知識労働者の賃金は10%を超えて下がります。それでも働く人の賃金の総額は、2030年までほとんど変わらないとしています。同社は、職を移る例として「プログラマーやコールセンターの担当者が、電気工事士や看護師のような仕事に移らなければならないかもしれない」と書いています。
中小企業の42.2%は、5年後も業界に大きな変化は起きていないと見ています
商工中金は2026年3月、中小企業に生成AIの利用を訊いた調査を公表しました。設備投資の動向調査に付けて訊いたもので、有効回答は3,892社、調査は2025年12月19日から2026年1月16日です。
自分の業界のおよそ5年後について、最も多かった答えは「業界全体としてAIの活用は限定的であり、大きな変化は起きていない」で、全産業の<strong>42.2%</strong>でした。「AIの普及によって業界のビジネスモデルや構造が根本的に変化している」は10.6%です。
業種で分けると、運輸業は50.6%が「限定的」と答えています。情報通信業だけは、52.8%が「根本的に変化している」を選びました。情報通信業の回答は36社です。
ランサーズの社長は、簡単なデザインとライティングの仕事が減っていると話しました
仕事を仲介するランサーズの秋好陽介社長は、8月14日の決算説明会で、マッチングの事業についてこう話しています。
AI の影響で明らかに減っている業務はあります。単純作業であるとか、簡単なデザイン、簡単なライティング業務というのは減っていっているものの
ソフトの受託開発の会社は、単純な作業者の需要が減ったと答えています
帝国データバンクが5月19日に公表した人手不足の調査(2026年4月・有効回答1万538社)には、業種ごとの声が載っています。千葉県のソフト受託開発の会社は、こう答えています。
ソフトウェアのコード生成をAIに置き換えることで単純な作業者需要は減ったが、AIの生成したコードを正しくシステムとして安定運用していくための設計を担う人材の需要が増えている
同じ調査で、情報サービス業は66.7%が正社員の不足を感じていて、正社員で最も高い業種です。前年の同じ月より3.2ポイント下がりました。
クラウドワークスは、受託の会社を持ち、売り、また買いました
クラウドワークスは2012年3月にクラウドソーシング(ネットで不特定多数の人に仕事を発注し、受注者を募る仕組み)のサービスを始め、2014年12月に東証マザーズに上場しました。2015年4月には、IT人材に特化したマッチングサービス「クラウドテック」を始めています。エンジニアやデザイナーを、担当者が企業に紹介する形のサービスです。2024年9月期に、この領域の事業は「クラウドワークス エージェント」に名前を変えました。
2017年11月には、大手通信業や自治体などからシステム開発を請け負う電縁を子会社にし、受託の事業を手がけていました。2020年7月、電縁とその子会社をSBテクノロジーに売り、受託事業から撤退しています。理由として、副業の解禁やテレワークの普及で働き方が大きく変わり、「コア事業であるマッチング事業へ経営資源を集中する」ことを挙げました。
2024年からは、また制作と開発の会社を買っています。7月にWeb・アプリの制作のソニックムーブ、11月にシステムインテグレーション(企業の情報システムを設計から構築まで請け負う仕事)とWebアプリの受託開発のCLOCK・IT、2025年9月にシステムインテグレーションのskynyです。CLOCK・ITの取得の開示では、エンジニアとデザイナーの領域が同社の売上総利益の約6割を占めると書き、「当社にご登録をいただいているフリーランス人材が CLOCK・IT の開発・運用案件に参画すること」で両社の成長を見込むとしています。
クラウドワークスの売上は、領域によって計上の仕方が違います
有価証券報告書は、マッチングの事業をプラットフォーム領域とエージェント領域に分けています。プラットフォーム領域は「システム利用料(テイクレート)及びオプション料」を売上にします。テイクレートは、取引額のうち仲介の場が受け取る手数料の割合です。エージェント領域は「業務委託料+手数料の総額」を売上にしています。
② 構造
削られているものを、外に出ていた仕事、統計への出方、仲介の場の稼ぎ方の三つで読みます。ランサーズと受託開発の会社が挙げたのは、どちらも簡単な仕事、単純な仕事でした。そうした仕事が減っても、雇用や売上の統計にはすぐには出てきません。仲介の場のほうは、稼ぎ方に合わせて形を変えています。
減っているのは、予算が少なく、外に出していた仕事です
ランサーズの社長が挙げた簡単なデザインやライティング、受託開発の会社が挙げた単純な作業は、どれも発注する側が予算を付けて外に出していた仕事です。AIで社内でも片付くようになると、まず外に出なくなるのはこの層だと読めます。
2010年代前半、こうした小さな仕事は、クラウドソーシングで個人に流れました。クラウドワークスもランサーズも、その流れの中で大きくなった会社です。同じ層の仕事が、いまはAIと社内の処理に吸われています。抜いていく手段が変わり、抜かれる層は変わっていない、と読めます。
取り分が下がる試算と、「大きな変化は起きていない」は、同時に成り立ちます
Anthropicの極端なシナリオでも、働く人の賃金の総額は2030年までほとんど変わりません。下がるのは取り分で、総額ではありません。
外に出なくなった仕事は、発注する側の帳簿では、支払いが減っただけに見えます。受ける側では、来なかった注文は数字に残りません。中小企業の42.2%が「大きな変化は起きていない」と答えるのは、筋が通っています。情報通信業の52.8%は、出なくなった仕事の受け手の側にいる業種の答えだと読めます。
仲介の場は、稼ぎ方に合わせて形を変えています
プラットフォーム領域の売上は、取引ごとの利用料です。エージェント領域の売上は、業務委託料の総額で、仲介の会社が契約の間に入り続けます。
クラウドワークスは、2020年に受託の会社を手放してマッチングに集中しました。2024年からは受託開発の会社を買い、登録しているフリーランスをその会社の案件に入れる形を示しています。仕事を外の受け手に流す形から、仕事を自分の中で回す形に寄っていると読めます。
③ 自分事
当社の受注経路の一つは、2013〜2019年ごろのクラウドワークスでした
当社(株式会社東京ネット工務店)は、2013年から2016年ごろ、クラウドワークスで開発の仕事を高い確率で受注していました。フリーランスブームの余波で、フリーランスへの信頼が下がっていた時期です。法人の開発会社が、選ばれやすい時期でした。
その後の2年ほどは、別のことをしていて使っていません。2018年と2019年ごろに、また少し受注しています。
その後、コロナ禍で、案件そのものが少なくなりました。コロナ以後、クラウドワークスは、クラウドテックのような人を紹介する形のサービスと、自社の受託へ軸足を移しました。当社のような会社への仲介からは、実質的に撤退したように私には見えています。
海老沢は、開発の案件はクラウドテックのような紹介の形に移ったと見ています
開発の案件を持っていったのは、クラウドテックのような、人を紹介する形のサービスだと私は見ています。フリーランスの品質を保つのに苦労したクラウドワークスの自衛とも取れます。それでも当社にとっては、有力な新規顧客の獲得経路を失ったことになります。
クラウドワークスは、受託の会社を持ち、売り、また買って、市場に合わせて動いています。当社のような法人の利用者とは、距離を置いていると私は見ています。続けて使わない法人は、仲介の場の稼ぎにならないからです。
法人同士がつながった場合、最初の取引では仲介の場を使います。2回目からは関係ができているので、直接取引になります。これは構造的にも力学的にも避けられないと私は見ています。仲介の場が規約だと言っても、止められません。クラウドワークスが方針を変えた理由は、ここにあると私は見ています。
ランサーズが増えていると話した仕事も、受託ではなく、ほとんどが求人だと私は見ています。受託なら、当社にも入口があります。人を出す仕事には、法人の開発会社の入口はありません。SES(技術者を客先に置き、働いた時間で代金を受け取る契約)のような仲介が、間に入ります。
入口の商品が、機能しなくなりました
安くて入りやすいスポットの開発は、案件そのものが出なくなりました。LP(広告から飛んでくる先の、1枚ものの宣伝ページ)の制作や、軽いWebサイトの制作のような、取引の入口になる商品です。初めて取引する会社とは、お互いに相手の実力などを試しながら、少しずつ取引の量を増やしていきます。その定番の入口です。
こうした仕事は、発注元の担当者がAIで作ることも考えられます。当社がいま実際にしているように、すでに取引のある会社の中で、ほとんど無償に近い形で片付けられていることもあると見ています。これまでは、単価が合わず予算の少ない案件は、少なからず外に出ていました。それが無くなりつつあります。
入口の商品が機能しないと、顧客が増えません。営業力や付加価値の低い開発会社は、いまの仕事が立ち行かなくなると私は見ています。
中堅の案件は、入札系のサイトか、直接の取引の中で閉じています
中堅の開発案件は、ほとんどが入札系のサービスに流れて蓋をされているか、直接の取引関係の中に閉じていると私は見ています。
法人向けの入札系サイトは、いまは月額料金の形が主流です。つながった後の取引からではなく、つながる前の参加費で稼ぐ形で、企業交流会の会費と同じ、古くからある形です。月額の費用がそれなりにかかるうえに、サイトの中での競争が激しく、効率の良い広告の手段とは言い切れません。
海老沢は、同じ形がほかの業種でも起きていくと見ています
当社のいる業界では、予算の少ない仕事が外に出なくなり、入口の商品が消え、増えた仕事は人を出す形で流れています。同じ形が、ほかの業種でもどんどん起きていくと私は見ています。
①の調査で、情報通信業の52.8%は、業界の構造が根本的に変化していると答えました。全産業では42.2%が、大きな変化は起きていないと答えています。当社の業界は、影響を直接受ける位置にいるので、先に見えています。
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https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part3/articles/ch58
小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
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