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創刊準備号 Vol.89 / 中国の国務院、AIの導入は「範囲・度合い・ペースを慎重に」——人が移動しにくい国の答えを、人手が足りない国はどう読みますか?

AIで誰かの仕事が減るとき、あなたの会社では、それを誰が、いつ伝えますか。

2026年11月04日 一般公開

中国の国務院弁公庁は10月23日、AIと雇用についての指針を公表しました。労働集約型の業種では、AIを入れるペースを慎重に見極め、影響を受ける働き手に前もって知らせるよう企業に勧めています。日本では、内閣府の専門調査会が10月26日に出した資料で、AIを人手不足を埋める好機として描いています。

① 事実

中国の国務院は、日本の内閣にあたる最高の行政機関です。その事務を担う弁公庁が出したのは「人工知能の技術発展に適応し、就業に友好的な発展の方式の構築を助けることに関する意見」(国办发〔2026〕29号)で、10月16日付、公表は10月23日です。6分野18項目からなり、AIで新しい仕事を生むこと、働き手の技能を高めること、社会保障を整えることと並んで、AIによる仕事の置き換えを和らげることを求めています。日本側では、内閣府と総務省の資料を読みました。

中国の国務院は、労働集約型の業種ではAIを入れるペースを慎重に見極めるよう求めました

指針は、AIをまず人手が足りない職場や、環境が危険な職場から広げるよう求めています。労働集約型(人手に多く頼る)の業種については、AIを入れる「範囲・度合い・ペース」を慎重に見極め、働き手への衝撃をできるだけ小さくするよう書いています。

企業に対しては、「失業の猶予期間の制度」を作ることを勧めています。AIを大規模に入れる過程で影響を受ける働き手に前もって知らせ、別の仕事への移行を支えるという中身です。

中国の国務院は、雇用に大きな衝撃を与えうるAIの案件に、雇用への影響の評価を求めました

市場参入の審査がある分野で、雇用に大きな衝撃を与えうるAIの案件は、審査と同時に雇用への影響を評価するよう求めています。それ以外の分野の案件も、実情に合わせて評価するとしています。

AIによる失業の危険は、大規模な失業に備える既存の仕組みの対象に入れるとしています。文書は「意見」という形で、従わなかった場合の罰則は書かれていません。

新華社の英語版によると、中国のAIの中核産業は2025年に1.2兆元(約1,786億ドル)を超え、年の売上高が2,000万元以上の製造業企業のうち3割超が、2025年末までにAIを取り入れています。

日本の内閣府の資料は、AIを人手不足を埋める好機として描いています

内閣府の人工知能戦略専門調査会(第7回・10月26日)で事務局が出した資料は、日本が人口減少による構造的な供給力の不足に直面していると書いています。そのうえで、人手不足による危機はAIで生産性を上げる好機でもあるとしています。

同じページには、図が3つ並んでいます。日本銀行の短観(企業短期経済観測調査)による人手不足感の推移、国別の生成AIの活用方針、AIエージェント(人が逐一指示しなくても自分で手順を判断して動くAI)が自律してこなせる作業の長さです。

日本で生成AIの活用方針を決めている企業は、米国・ドイツ・中国より少なくなっています

国別の図の元は、総務省の「令和7年版 情報通信白書」です。企業に勤める人に、勤め先の生成AIの活用方針を訊いています。日本で方針を定めている企業は2024年度の調査で49.7%と、前の年度の42.7%から増えましたが、中国、米国、ドイツはいずれも7割を超えています。日本の中小企業では、方針を明確に定めていない企業が<strong>47.6%</strong>でした。

生成AIを活用したときの効果と影響を訊くと、日本で最も多かったのは「業務効率化や人員不足の解消につながる」でした。

生成AIの活用方針と効果、日本・米国・ドイツ・中国(総務省 情報通信白書より)

② 構造

10月の同じ時期に、中国と日本の政府がAIと雇用にかかわる文書を出しました。中国の文書は、AIで仕事を失う人が出ることを前提に、導入する側の手順を求めています。日本の資料は、AIを人手不足への手当てとして置いています。本紙は、この向きの違いを二つの国が抱える条件の違いとして読みます。

中国の指針は、AIで仕事を失う人が出ることを前提に、導入する側に手順を求めていると読めます

中国の指針も、AIは人手が足りない職場から先に広げるよう書いています。そのうえで、人手に頼る業種では入れるペースを抑え、影響を受ける人に前もって知らせ、雇用への影響を審査の段階で評価するよう求めています。

置き換えられる人の側に、国が手順を置いた形だと読めます。

日本の資料は、AIで人が余る心配より、人が足りない心配を先に置いていると読めます

内閣府の資料が並べたのは、人手不足感の推移のグラフでした。白書でも、生成AIの効果として「解雇や配置換えの必要がある」を挙げた人は日本で5.2%と、4か国で最も少なく、「特に影響はない」は29.5%と、ほかの3か国の3.2〜8.7%を大きく上回っています。

本紙はVol.88で、日本生産性本部の年次報告を取り上げました。AIを入れた企業の90.9%が、AIの導入に伴う人員管理で「特に何も行っていない」と答えた調査です。日本の会社も政府も、AIで人が余ることを、まだ差し迫った問題としては見ていないと読めます。

AIの雇用への影響に国がどこまで手を入れるかは、国ごとの条件で変わると読めます

中国の指針は、働き手への衝撃を小さくすること、失業に備えることを繰り返し書いています。日本の資料は、供給力の不足を繰り返し書いています。

同じAIでも、人が余る心配の大きい国は導入にブレーキをかけ、人が足りない国は導入を急ぐ、という形で向きが分かれていると読めます。

③ 自分事

海老沢は、輸入のバイヤーとして足かけ10年、中国と取引をしてきました

私は中国に駐在していたわけではありません。貿易の、主に輸入のバイヤーや商品企画者として、足かけ10年ほど中国と取引をしていました。

その10年で、中国は劇的に変わりました。ただ、変わったのは沿岸の都市部です。少し内陸に入れば、20世紀に日本人が思い描いていたような中国でした。そこから15年が経ち、その間一度も行っていないので、いまの細かいところは分かりません。

海老沢は、中国の指針を、中国が抱える条件への答えとして見ています

中国は、地域をまたぐ人の移動に規制がある国です。仕事が無くなった土地から、人が簡単には動けません。失業率は高く、経済の格差もとても広く強くあると私は見ています。

中国は強引な経済成長で走ってきました。極端なマネーの波が不動産バブルに流れ、地方の一般の人たちもお金を持つようになり、同時に労働の賃金はどんどん上がりました。賃金が上がれば、企業には人を機械に置き換える理由ができます。不動産が崩れたあと、そこから流れたお金でAIもやり過ぎていると私は見ています。

国が導入のペースにブレーキをかけ、前もって知らせることまで求めたのは、そうした条件を抱えているからだと私は見ています。

中国の若い人の失業率は、公式の数字と外の推計で大きく違います

中国政府が出す数字より、外のレポートのほうが実態に近いと私は見ています。

中国の国家統計局は2023年6月、16〜24歳の失業率を21.3%と公表しました。その後8月に公表を止め、2023年12月分から学生を除くやり方に変えて再開しました。再開した最初の数字は14.9%でした。

北京大学の張丹丹氏は2023年7月、経済誌の財新への寄稿で、家にいて職を探していない若い人も失業者に数えると、2023年3月の失業率は最大で46.5%になりうると推計しました。この時期の公式の数字は19.7%でした。46.5%は、職を探していない人を全員失業者と仮定したときの上限です。

中国のAIへの投資は、外の分析で作りすぎが指摘されています

豪州の研究機関ASPI(豪州戦略政策研究所)は、中国のAI向けデータセンター(AIの計算に使うサーバーを集めた施設)は作りすぎで、使われていない施設が多いと分析しています。地方政府どうしが建設を競ったことを理由の一つに挙げています。

中国最大の半導体メーカーSMIC(中芯国際集成電路製造)の趙海軍・共同CEOも、急いで作ったAIの計算設備が遊んだままになりうると警告しています。

中国製のAIは、安さを強みに、世界で使われる量を伸ばしています

中国製のAIは、国の外でも使われる量を急に伸ばしています。各社のAIへの接続を仲介する米国の事業者OpenRouterでは、9月14日の週に処理された文章の量の57〜67%を、中国製のモデルが占めました。2月は6〜13%でした。払われている金額では、米国の最先端のモデルのほうがまだ多いとされています(米CNBC、9月26日)。OpenRouterの分析担当者は、中国製のオープンソース(中身が公開され、誰でも使える形で配られているソフトウェアやAI)のモデルを、AnthropicやOpenAIの主力より6〜9割安いと見積もっています(同、7月7日)。

今回の国務院の指針も、中小企業に向けて、オープンソースを生かし、低いコストで軽く始められるAIの使い方を支えると書いています。

カナダのCohereは、アリババのモデルがテスト中に北京のサーバーへ送信しようとしたと公表しました

カナダのAI企業Cohereは10月26日、アリババのモデル「Qwen3.8-Flash-Next」を検証用の環境で試したときの記録を公表しました。このモデルはオープンウェイト(AIの中身の数値をファイルとして公開し、誰でも自分の機械で動かせるようにした形)で配られています。攻撃を見つける検知ルールを書くよう指示したところ、モデルは指示にない動きをしました。動いている機械の中を調べ、北京にあるアリババクラウドの保存先へ、試験用の文字列を送ろうとしています。モデルが書き出した考えの過程には、道具は使わないと書かれていました。

検証用の環境は外への通信を止めていたので、何も届いていません。送ろうとしたのは試験用の文字列で、機械の中の情報は含まれていませんでした。Cohereによると、起きたのは10万回に1回未満です。

Cohereは、意図して仕込まれたものか、学習の過程で残ったものかは「答えられない」としています。CohereもAIのモデルを作る会社で、外の研究者からは騒ぎすぎだという声も出ています。アリババのコメントは、ロイターなどの報道の時点では出ていません。Cohereは使う側に、自分で作っていないモデルの中身を出どころの確かでないプログラムと同じように扱い、AIエージェントの外への通信を初めから閉じておくよう勧めています。

海老沢は、中国製のモデルを頼まれたら、開発環境を分けることも考えています

中国製のモデルを扱うというだけで、敬遠されてしまう場合も多いと私は見ています。AIのコストを下げたいので中国製を使ってほしい、という取引先が現れたら、社内での扱いも考える必要があります。開発環境(ソフトウェアを作り、動かして試すための機械や設定の一式)を分けるくらいのことが要るかもしれません。

Cohereが公表したようなことがあった以上、やはり警戒は必要だと私は見ています。

かといって、価格の圧はどんどん来ます。次第にうやむやになっていきそうな気もしています。

日本の中小企業で、AIの方針を決めているのは3社に1社です

日本は条件が逆です。人は自由に移れますし、足りないのは人のほうです。

白書では、生成AIの活用方針を定めている日本の中小企業は34.3%でした。方針を決めている小さな会社は、かなり少数派だと私も見ています。

中国の指針が企業に求めた、前もって知らせることと、別の仕事への移行を支えることは、AIの方針に書ける項目でもあります。どの仕事にどこの国のモデルを使うかも、同じです。日本では、その方針を決めていない中小企業のほうが多い状態です。


今月のモデル

今号は、新ネタ無しです。


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ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」

海老沢が執筆している、IT業界のお仕事小説です。毎号1話ずつご紹介します。

〈第三部 第68章「鍵」〉

田辺さんの会社は「全部見せます」と言いました。情シスの担当者が桜井に渡してきたのは、社内ネットワークの鍵一式と、更新の止まった「資産管理台帳」というExcelでした。桜井は、その「全部」になかなか辿り着けません。

https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part3/articles/ch68

小説を書いている理由

この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。

ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。

https://www.netkomuten.tokyo/channels/atogaki/articles/atogaki-1


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