米国の銀行規制当局は4月17日、銀行が融資の審査や損失の見積もりに使う「推計モデル」(統計の計算で、データから数値を推定する仕組み。指針の原文では単に「モデル」)について、管理の指針を15年ぶりに改めました。生成AIとAIエージェント(人が逐一指示しなくても、自分で手順を判断して動くAI)は、新しく急速に変化しているとして、この指針の外に置かれました。代わりに置かれたのは、銀行がいま持っているリスク管理と統治の実務で決めるように、という一文です。
① 事実
本紙は、米国の銀行規制当局が出した新しい指針「SR 26-2」の本文を読みました。指針は、銀行が推計モデルを作って確かめ、使い続けるときの考え方を書いたものです。何を推計モデルとして扱い、何を外したかは、本文と脚注に分けて書かれています。
米国の銀行規制当局は4月17日、推計モデルの管理の指針を15年ぶりに改めました
新しい指針「SR 26-2」を出したのは、FRB(連邦準備制度理事会)、OCC(通貨監督庁)、FDIC(連邦預金保険公社)の3当局です。2011年4月4日の旧指針「SR 11-7」と、2021年4月9日の声明「SR 21-8」(マネーロンダリング=犯罪で得た資金の出所を隠すこと、を防ぐシステムが対象)を置き換えました。
扱っているのは、モデルリスク(推計モデルの誤りや使い方の誤りで、損失や誤った判断が生じる危険)の管理です。主な対象は、総資産300億ドルを超える銀行です。それ以下の銀行の推計モデルは、規模とリスクに合った内部の管理に任されているとしています。
指針は、強制力のある基準や細かい要求を定めたものではないと書いています。従わなくても、そのことで監督上の指摘を受けることはありません。ただし、管理が足りずに法令違反や不健全な業務が生じれば、監督上の措置の対象になりうるとしています。
新しい指針は、推計モデルを、数値の推定を出す手法と定めています
指針は、推計モデルを「統計・経済・金融の理論を使って、入力のデータから数値の推定を出す、複雑な手法や仕組み」と定めています。表計算の中のような単純な計算と、決まったルールのとおりに動く処理やソフトウェアは、推計モデルに含めないとしています。
指針の本文は、推計モデルの例を並べていません。規制への対応や、銀行が抱える金融のリスクの管理に使う推計モデルほど、リスクが大きいとしています。
推計モデルについて、指針は次のことを求めています。
- 開発の段階で、意図どおりに動くかをテストすること
- 原則として、使い始める前に検証すること
- 推計モデルが出した数値を、実際の結果と照らし合わせること
- 使っている間も、商品・顧客・市場の変化に合わせて、期待どおりに動いているかを見続けること
- 独立した立場の専門家が、推計モデルの作りと結果を批判的に確かめること
生成AIとAIエージェントは、脚注3で指針の外に置かれました
指針の脚注3には、こう書かれています。「生成AIとエージェント型AIは、新しく、急速に変化している。そのため、この指針の対象ではない。それでも、この文書が扱わないあらゆる道具、工程、仕組みについて、適切な統治と統制は、銀行のリスク管理と統治の実務によって決められるべきだ」。
同じ脚注は、従来からある統計の推計モデルと、生成AIでもエージェントでもないAIには、この指針の原則がそのまま当てはまるとしています。外されたのは、生成AIとAIエージェントだけです。
ベンダーから買った推計モデルにも、同じ原則がかかります
指針は、ベンダー(外部の提供会社)から買ったデータや推計モデルについて、一つの節を置いています。中身が他社の持ち物なので、銀行はコードやデータや手法を受け取れないことがある、と書いています。
それでも、推計モデルの管理の原則は変わらないとしています。銀行は、ベンダーの推計モデルの作りと性能を理解し、使っている間も結果を照らして、正確で目的に合っているかを確かめることが求められています。
② 構造
米国の銀行規制当局の新しい指針は、数値を出す推計モデルを、使う前に確かめ、使いながら結果と照らす形で組まれています。生成AIとAIエージェントは、その形の外に置かれ、銀行がいま持っている管理に任されました。AI用の別の決まりは、書かれていません。
指針の中に残ったのは、出した数値を実際の結果と照らせる推計モデルです
指針が求める検証は、推計モデルが数値を出すことを前提にしています。予測した数値と実際に起きたことを並べれば、どれだけ外れたかが分かります。
決まったルールの処理は、ルールを読めば結果が分かるので外されています。生成AIが出すのは文章で、AIエージェントは手順を自分で選んで動きます。決まったルールの処理と生成AIは、指針の両端で、別の理由から外れたと読めます。前者は単純だから、後者は新しいからです。
当局は、指針の外に置いたものを、銀行のいまの管理に戻しました
脚注3は、生成AIとAIエージェントを、「この文書が扱わないあらゆる道具、工程、仕組み」と同じ扱いにしています。
総資産300億ドル以下の銀行の推計モデルも、規模に合った内部の管理に任されています。規制のある米国の大手銀行でも、生成AIとAIエージェントの統制は、銀行がいま持っている管理の仕組みで決めることになっています。
③ 自分事
当社は、お客さんのデータの、エラー検出と不正検出をLLMに任せています
当社は、店舗を持つお客さんのデータを取り込んだあと、バッチ処理(溜めたデータを、まとめて機械で処理する方法)をかけています。以前は、その結果を人が見て、追加の処理や判断が要るかどうかを決めていました。
いまは、結果を見て決める段のうち、AIに任せてよい判断を、LLM(大規模言語モデル=文章を読み書きするAI)に任せています。エラー検出と不正検出です。パターンマッチング(決まった型に合うかどうかで拾う処理)だけでなく、LLMが考える処理が入っています。本紙の情報収集も、自動で回しています。
海老沢は、AIでも人の分業でも、作業と承認の流れは変わらないと見ています
LLMが判断した結果、承認が要るものは、いまある承認の流れに入ります。それだけです。
人だけで回している流れでも、作業する人と承認する人は分かれています。作業する側にAIが入っても、作業の流れと承認の流れはそう変わらないと私は見ています。
お客さんから見えるのは、「自動になった」ことだけです
これまでは、不正検出のメールに私が追加でコメントを入れていました。同じようなコメントをAIが入れても、お客さんから見た結果は同じです。お客さんに分かるのは自動になったことで、AIが入って何が変わったかは、具体的には分からないと思います。
お客さんは、AIの使い方の決まりを持っていません。業務の流れのどの段をAIに任せられるかは、当社が代わりに考えています。SR 26-2で言えば、お客さんから見た当社は、ベンダーの位置にいます。
海老沢は、当局も、AIだけを取り出して線を引けないと気付いたと見ています
脚注3が書いている理由は、「新しく、急速に変化している」だけです。私は、AIに任せるところと人が承認するところの線が、AIだけを取り出しては引けない性質だと、当局も気付いたのだと見ています。
前号(Vol.81)で、当社の利用規約は、何が合法かの判断を法令に任せていると書きました。承認も同じで、AIのために別の流れを作らず、いまある業務の流れに任せています。
今月のモデル
今号は、新ネタ無しです。
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海老沢が執筆している、IT業界のお仕事小説です。毎号1話ずつご紹介します。
〈第三部 第60章「うれしいから」〉
デイサービスから家族に送る通知の文面を、リナが見直しています。書いてあることは正確なのに、読むと冷たい。何が足りないのかが、リナには分かりません。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part3/articles/ch60
小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/atogaki/articles/atogaki-1
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