米国の情報産業(出版・放送・通信・データ処理)で、労働生産性(働き手1人あたりの実質の産出)が直近1年で13.70%伸びたと、セントルイス連銀(米国の中央銀行制度を構成する12の地区連銀の一つ)のブログが書きました。経済全体は2.17%です。同じ週、米国の投資会社Apolloのチーフエコノミストは、テック大手以外の企業には、AIの収益の効果がまだ見えないと書いています。セントルイス連銀の別の分析によると、生産性が急に伸びた産業では、そのあと値段の伸びが鈍っていました。
① 事実
本紙は、米国の生産性と企業収益についての公表を3本と、日本の調査を2本読みました。米国の3本は、セントルイス連銀の経済データサイトのブログ、Apolloのチーフエコノミストの解説記事、セントルイス連銀のエコノミストの分析です。日本の2本は、帝国データバンクの最低賃金の調査と、日本商工会議所の人手不足の調査です。
米国の情報産業は、生成AIが広まってから、生産性がいつもより速く伸びています
セントルイス連銀の経済データサイトFREDのブログが、10月22日に公表した記事です。情報産業は、出版・放送・通信・データ処理(データセンターを含む)の産業区分です。
記事によると、ChatGPT・Gemini・Copilot・Claudeなどが広く使われ始めた2024年以降、情報産業の労働生産性は、それまでより速く、経済全体よりも速く伸びています。情報産業はもともと伸びの大きい産業で、2010年からの平均でも、経済全体の6倍ほどの速さで伸びてきました。直近1年の伸びは、その情報産業自身の平均も大きく上回っています。
数字では、2025年第2四半期からの1年の伸びが、情報産業で<strong>13.70%</strong>、経済全体で2.17%でした。2010年から2026年までの平均は、それぞれ年7.68%と年1.22%です。情報産業の雇用は、米国の雇用全体の約1.8%です。
記事は、これがAIによる生産性の伸びの初期の兆しである可能性がある、と書いています。言い切ってはいません。
米国では、テック大手7社の売上高と利益率だけが上がり、残りの493社は横ばいです
米国の投資会社Apolloのチーフエコノミスト、トーステン・スロック氏が、10月24日に、自社サイトの短い解説記事「Daily Spark」に書いたものです。比べているのは、テック大手7社(Microsoft・Apple・Nvidia・Amazon・Alphabet・Meta・Tesla)と、米国の代表的な株価指数S&P500からその7社を除いた493社です。
2023年から、テック大手7社は従業員1人あたりの売上高も利益率も上がり続けています。残りの493社は、どちらもほとんど動いていません。
記事の図では、7社の従業員1人あたり売上高(物価の変動を除いたもの)は、2023年初めの約57万ドルから約78万ドルに上がっています。493社は50万ドル前後です。利益率は、7社が約14%から約30%に上がり、493社は10%前後のままです。数字は記事の本文に無く、図にだけ載っています。
スロック氏は、AIが生産性の伸びを押し上げている兆しも見えないと書いています。多くの企業がAIの利用料(トークンの支出)をコストとして扱い始めている、とも書いています。
米国では、OpenAIとAnthropicへの支払いが、ごく一部の企業に集まっています
同じ記事には、米国の法人カード会社Rampが集計した、企業の支出の偏りの図があります。AIへの支払いは、支出の多い一握りの企業がほとんどを占めていて、残りの大多数の企業はわずかしか払っていません。
Rampのカードを使う企業のうち、支出額の上位10%の企業が、OpenAIとAnthropicへの支払いの95.6%を占めていました。残りの90%の企業は、合わせて4.4%です。AIのモデルを動かす計算の支払いでは、上位10%が99.5%でした。
AIへの支出が最も多い上位1%の企業は、80.4%がベンチャーキャピタル(新興企業に出資する投資会社)の出資を受けています。支出が中央の企業では13.1%です。
米国では過去、生産性が急に伸びた産業で、伸びた後に値段の上がり方が鈍っていました
セントルイス連銀のエコノミスト2人が、9月24日に公表した分析です。2006年から2025年半ばまでの米国の85産業について、労働生産性が急に伸びた局面を164件取り出し、その産業の生産者物価(企業間で取引される値段)がどう動いたかを見ています。
生産性が急に伸びた産業では、そのあと1年ほどかけて、値段の上がり方がほかの産業より鈍くなっていました。
生産性の急な伸びが始まってから1年後、その産業の生産者物価の前年比の上昇率は、全産業の平均を<strong>3.7ポイント</strong>下回っていました。平均を下回る状態は、約1年半続いています。例には、クラウドが広がった2012〜13年のデータ処理業や、スマートフォンが出た2006〜08年のコンピュータ・電子機器が挙がっています。
分析は、示したのは関連で因果は確かめていない、と書いています。経済全体の物価にどう効くかは、AIの効果の大きさと、効果が及ぶ産業の広さで決まる、とも書いています。
日本では、情報サービス業の採用時の最低時給が、全業種で最も高くなっています
帝国データバンクが10月16日に公表した調査です。9月14日〜30日に、1万235社が回答しました。企業が人を採用するときの最低時給は、情報サービス業がほかの業種より一段高くなっています。
採用時の最低時給の平均は1,255円で、51業種で最も高かったのが情報サービス業の1,443円でした。
情報サービス業の企業からは、次のコメントが寄せられています。
AIを使いこなせる人は効率よく働けるため、単価を上げることは可能だが、採用する人材の水準も上がり、必然的に少数精鋭の体制となる
コメントした企業の規模は、書かれていません。
② 構造
FREDのブログの数字は、AIによる生産性の伸びが、米国の統計に出始めたことを示しています。ただし、伸びが出た情報産業は、雇用全体の約1.8%です。作る側と受け取る側を分けて見ると、伸びた分の行き先が見えてきます。
生産性の伸びが数字に出たのは、AIを作って売る側の産業です
本紙はVol.33で、セントルイス連銀の別の分析を取り上げました。米国企業の決算説明会で、AIが絡む生産性の発言は95%が「これから上がる」という形で、実際の全要素生産性(設備や人員の増加で説明できない伸び)は1年で0.07%でした。連銀は、発言が「これから」から「すでに得られた」へ移るかを追うと書いていました。
FREDのブログの13.70%は、その「すでに得られた」側の数字の、最初の一つと読めます。出たのは、出版・放送・通信・データ処理の産業です。Apolloの図では、経済全体の全要素生産性はまだ上がっていません。
作る側の伸びは、利益と値段に出ています。受け取る側の伸びは、まだ数字に出ていません
作る側では、伸びた分が二つの場所に出ていると読めます。一つは利益です。テック大手7社の利益率は、約14%から約30%に上がりました。もう一つは値段です。セントルイス連銀の分析では、過去に生産性が急に伸びた産業は、そのあと1年半ほど、値段の伸びが平均より低くなっていました。
受け取る側の数字は、まだ動いていません。
テック大手以外の493社は、従業員1人あたり売上高も利益率も横ばいです。OpenAIとAnthropicへの支払いは、上位10%の企業に集まっています。日本では、日本商工会議所の調査(9月15日公表)で、人手不足の企業のうちデジタル・機械・AIなどで省力化に取り組んでいるのは、従業員20人以下の企業で25.3%でした。301人以上では63.0%です。20人以下の企業では、「事業の縮小、見直し、外注化」で対応する企業のほうが多く、31.6%でした。
本紙はVol.83で、AIを導入した会社は100人以下で16.6%、1,001人以上で78.3%だという調査を取り上げました。規模が小さいほどAIを受け取る側に回る企業が少ない点は、今回の調査と同じです。
足りないまま残っているのは、AIを使いこなせる人だと読めます
帝国データバンクの調査では、採用時の最低時給が最も高いのは情報サービス業でした。AIを使いこなせる人は単価を上げられ、そのぶん少数精鋭になるというコメントが寄せられています。
AIで作れる量が増えた産業で、値段が上がっているのは、AIを使いこなせる人の側です。作る作業は足りるようになり、使いこなせる人は足りないまま残っていると読めます。
③ 自分事
海老沢は、AIでたくさん採れるようになったのは「作ること」だと見ています
野菜は、たくさん採れても持て余します。採れないと値段が上がります。AIで起きていることは、これと同じ形だと私は見ています。
たくさん採れるようになったのは、作ることです。作るだけなら、以前は1週間かかっていた作業が、半日から1日で終わることもあります。
以前は、予算や期間に合わせて仕様を絞り、どれを作るかを選んでいました。いまは、理想に近い形で作れるようになりました。そのぶん、何をどう作るか、お客さんの会社にどう浸透させていくかを、以前より深く考える必要性が、<strong>とても高まっています</strong>。採れないまま残っているのは、AIを使いこなせる人と、この考える部分です。帝国データバンクの調査で値段が上がっていたのも、この側でした。
当社は、作れる量が増えたぶん、受け入れてもらうことに高いスキルを問われるようになりました
当社は、お客さんの業務をシステムの言葉に翻訳し、改善すべきことを提案しています。作れる量が増えても、提案がそのまま採られるとは限りません。受け入れてもらうことに、以前より高度なスキルが問われるようになったと私は見ています。
やらないことのリスクは、お客さんの側からは見えません。健康診断に行くように言われても行かない人や、医師に薬を飲んだほうがいいと言われても飲まない人と、同じ形だと私は見ています。予防医療に予算を割くべきだと分かっていても、それが難しいのとも似ています。リスクは、起きるまで数字になりません。どれから手を付けるか、優先順位を付けるための客観的な材料が足りないままです。
海老沢は、AIの提案は相手に伝わる形で丁寧に伝えないと、稟議を通らないと見ています
最高の提案だと私が考えていても、それを契約まで持っていくのは、かなり難しいことです。この仕事でいちばん難しいところだと私は見ています。
AIのように抽象度の高いものは、相手に伝わる形を丁寧に組んで伝えないと、稟議や決裁を通りません。AIで作った浅い提案を受け続けている人は、より慎重になっているはずです。提案を作るのはAIで速くなりましたが、受け取る側が一つを選ぶまでの手間は、そのぶん増えています。
作る値段が下がっても、受け取る側がそれを使い切れなければ、採れた分は畑に残ります。Apolloの図で493社の数字が動いていないのも、日本で20人以下の企業の省力化が25.3%にとどまっているのも、受け取る側の話です。
あなたが経営者なら、提案を受け取る側にいます。社内でITを担当しているなら、社長に提案する側にいます。どちらの側でも、AIの提案は、作るより、伝わる形にして通すほうに手間がかかるようになっています。
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海老沢が執筆している、IT業界のお仕事小説です。毎号1話ずつご紹介します。
〈第三部 第63章「帰る道」〉
介護の法人の案件が、ひとまず一段落します。リナは、八人が肘をぶつけ合うオフィスの、建て付けの悪いドアをまた開けます。桜井さんが、コーヒーを二つ持って、次の相談の話を持ってきます。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part3/articles/ch63
小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
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