米国の給与計算サービスGustoが、AIを使い始めた小さな会社の1年後を、実際の給与データで追いました。従業員10人未満の会社では、使っていない会社より従業員数の伸びが10%多く、増えたのは歯科衛生士、セラピスト、教師、調理師でした。同じ9月、スタンフォード大学の研究チームは、AIに近い職業で22〜25歳の雇用が細り続けていると更新しています。
① 事実
9月に、米国の給与データを使った調査が2本出ています。一つはGustoによる、AIを使い始めた会社と使っていない会社の1年後の比較です。もう一つはスタンフォード大学の研究チームによる、年齢とAIへの近さで分けた雇用の推移です。どちらも、実際に給料が払われた人数を数えています。
GustoはAIを使う1,593社と、使わない669社を追いました
Gusto(米国の中小企業向けの給与計算サービス)の調査部門が、9月10日に公表した調査です。著者は同社のエコノミスト、Nich TremperとTom Bowenです。
対象は、2025年4月の同社のアンケートで生成AIを使っていると答えた1,593社と、AIを知っているが使っていないと答えた669社、計2,262社です。いずれも同社の顧客で、給与の支払い記録から、四半期ごとの従業員数を取っています。
比べる相手は、AIを知っていて、使わないと決めた会社です。知っているかどうかの差を除いて、使うと決めたかどうかだけを比べるため、と同社は説明しています。
使い始めて1年で、従業員数は6.8%多くなっていました
AIを使い始めた後の4四半期で、従業員数は比べる相手より約7%多く伸びました。最初の四半期の約4.5%から広がり、4四半期目の終わりで<strong>6.8%</strong>です。
差は四半期ごとに開いています。一度に一人を採って終わる形とは違う、と同社は書いています。給与の水準には、これに見合う変化は出ていません。
日々の作業にAIを使っていた会社と、業務の深くまで組み込んだ会社とで、雇用の伸びは同じだった、とも書いています。
10人未満の会社で10%、医療・福祉の10人未満では19%でした
規模で分けると、差がいちばん大きいのは従業員10人未満の会社で、10%以上でした。平均9人の会社なら、1年で1人増えた計算になる、と同社は書いています。
10〜24人の会社では、AIを使ったことによる従業員数の変化は測れていません。
業種では、建設・製造、飲食・理美容、会計事務所や技術系の会社のあいだで、伸びに大きな差はありません。目立つのは医療・福祉を中心とする地域サービスで、10人未満の会社では19%でした。
増えたのは、顧客の前で手を動かす職でした
人を増やした会社で、新しく入った人の職名を見ています。歯科医院では歯科衛生士、心の病を診る診療所ではセラピストが増えました。ほかの業種では、教師、技術者、調理師です。受付と事務の補助も、いくらか加わっています。
同社は、増えた人たちを「do-ers」と呼んでいます。その会社が顧客に提供している仕事そのものを、手を動かしてやる人、という意味です。
事務の職が減ったかどうかは、この調査には書かれていません。
同社は、これが相関であって、AIが採用を増やしたことの証明ではないと明記しています。早く使い始めた会社が、データに出ない点で違っているかもしれません。対象はアンケートに答えた同社の顧客で、米国の中小企業から無作為に選んだものでもありません。
スタンフォードでは、AIに近い職業の22〜25歳が、19%少なくなっていました
スタンフォード大学デジタル経済ラボのErik Brynjolfsson、Bharat Chandar、Ruyu Chenが、米国最大の給与計算会社ADPのデータで追っている研究です。8月12日に論文の改訂版を出し、ダッシュボード(数字を毎月更新して公開するページ)を9月23日に更新しました。
AIへの曝露度(その職業の作業のうち、生成AIでこなせるものがどれだけあるかを示す指標)が高い職業で、22〜25歳の雇用は、曝露度が低い職業の同年代と同じペースで伸びていた場合より、約<strong>19%</strong>少なくなっています。2025年7月時点のデータでは15%でした。経験のある年齢層には、同じような差は出ていません。
経済全体で広く仕事が置き換わっている様子は見られない、とも書いています。
差が開いたのは、主に若手の採用が絞られたためで、辞める人は増えていないとしています。
減っているのは、AIが人の作業を代わりに片付ける使われ方の多い職業です。人の作業を補う使われ方の多い職業では、雇用は横ばいか増えていて、特に経験のある層で増えています。
改訂版は、もう一つの分かれ目を挙げています。形式知(教科書や手順書に書き起こせる知識)に頼る職業では若手が減り、暗黙知(実地の経験で身につく知識)に頼る職業では経験者が増えています。ダッシュボードでは、曝露度が低い在宅介護の補助職で、22〜25歳の雇用がほかの年齢層より大きく伸びています。
研究チームも、これは生成AIが原因だと推計したものではないと明記しています。学歴を考慮すると差は縮み、一部の差は生成AIが広まる前から見えていた、とも書いています。
出典:
- Gusto Insights, Nich Tremper & Tom Bowen「Small Businesses Using AI Grow Headcount 7% Faster Than Peers」(2026年9月10日) https://gusto.com/resources/gusto-insights/ai-and-smb-hiring-2026
- Stanford Digital Economy Lab「No Widespread Displacement, but the AI Employment Gap for Young Workers Has Widened to 19%」(2026年8月12日) https://digitaleconomy.stanford.edu/news/canariesaug26/
- Stanford Digital Economy Lab and ADP Research「AI Economic Indicators: Canaries Dashboard」(2026年9月23日更新) https://digitaleconomy.stanford.edu/project/indicators/canaries-dashboard/
② 構造
AIと採用について、9月の2本の調査は逆のことを言っているように見えます。Gustoは、AIを使い始めた小さな会社で人が増えたと言い、スタンフォードは、AIに近い職業で若手の採用が絞られたと言っています。数えている単位が違います。Gustoは会社を、スタンフォードは職業と年齢を数えています。増えた仕事と減った仕事の中身で並べ直すと、二つの調査は食い違っていません。
増えたのは、その場で手を動かす仕事でした
Gustoの調査で増えたのは、歯科衛生士、セラピスト、調理師、技術者でした。患者の口の中を見る仕事、利用者の体を支える仕事、厨房で火を使う仕事。どれも、その場に人がいないとできない仕事です。
スタンフォードの調査でも、在宅介護の補助職では若手の雇用が伸びています。
若手の採用が減っているのは、教科書や手順書に書き起こせる知識で回る職業です。書類を整える仕事、定型の問い合わせに答える仕事、決まった形のコードを書く仕事。AIが作業を代わりに片付ける使われ方の多い職業でもあります。
二つの調査は、増える仕事と減る仕事を、同じところで分けていると読めます。
Gustoは、小さな会社で差が大きかった理由を、社長の時間で説明しています
Gustoの説明では、数人の会社では社長の時間がいちばん限られていて、その多くが事務、日程調整、販促、調べものに取られています。10〜24人の会社には、こうした仕事を回す手順や担当がすでにあるので、AIの効果は人数以外の形で出ているのだろう、としています。社長の時間がどう変わったかは、この調査では測られていません。
日本の10人未満の会社だと、米国とは少し違うかもしれません。日本の場合は、定型の仕事は、社長より、長く勤めているベテランの社員が回していることが多いと見ています。
日々の作業にAIを使っただけの会社と、AIを業務の深くまで組み込んだ会社とで、雇用の伸びは同じでした。人が増えたかどうかは、AIをどこまで深く使ったかでは分かれていません。
米国の大きな組織では、定型の作業が新人の入口でした
米国の大きな組織では、定型の作業を新人の仕事として切り出し、仕事を覚える入口にしてきました。スタンフォードの調査で若手の採用が絞られているのは、その入口の作業を、AIが代わりに片付ける職業です。
日本では、規模の小さな会社でも、新人に定型の作業から任せる、大きな組織と同じやり方をとる会社が多いと見ています。日本と米国とでは、このあたりでAIの影響の出方が異なっていくと見ています。
新人という言葉の中身が、変わり始めています
本紙はVol.14で、この入口が「二段目の高さに付け替えられた」と書きました。新人がやっていた定型の作業がAIに移り、新人に最初から判断が求められるようになった、という話です。
これまでの新人は、訓練を受けておらず、まだ実務ができない人でした。会社はその人に定型の作業を任せながら、育ててきました。これからの新人は、訓練を終えていて、実務の判断ができる人を指すようになっていく、と見ています。
スタンフォードの改訂版は、実地の経験で身につく知識に頼る職業で、経験者の雇用が増えているとしています。Gustoの調査で増えた歯科衛生士、セラピスト、教師は、どれも資格や訓練を経てから就く職です。
どちらの調査も因果の証明ではありません。この読み方が当たっているかは、もう少し先のデータまで見ないと分かりません。